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5. リーリエと謎の美少年


「幻覚じゃない……本物の……ニンゲン?」


 一方、青年は慌てる気配は微塵も見せず、読んでいた本を閉じると、スマートに立ち上がって、自分の方へ向かってきた。物珍しい生き物でも発見したかのように私を見定めて呟く。透き通った清潔感のある声だった。


 そうして、一歩も身動きできない私の眼前に立つと、緩慢な動作でしゃがみ込みながら目線を合わせてきた。不法侵入者への詰問か、のこのこ罠に踏み込んできた獲物への舌なめずりだろうか。明らかこちら側に非があることは間違いないが、青年自体も一体、何者なのか。

 考えるより前に、自然と俯いた顔が段々と上がっていく。そこに私の意思はなく、抵抗は敵わずに彼とばっちり目が合うことになった。 


 青年の瞳孔は間近で目視すると、ヤギじみていて細い横長の一本線の瞳孔が見つめている。見られている。その瞳に私の全身がくまなく映るのは末恐ろしく感じた。


「誰キミ。どこから入ってきたの。ああ、あの扉からか。施錠されていないし当たり前か。だとしても妙だな、こんな辺鄙な所に一体どうやってたどり着いたのかな? ねえ、なんで?」


 一呼吸置く隙すらなく、矢継ぎはやに疑問を投げてきたことをすぐに己の推察で解消させたと思いきや、また新たな疑問点をふっかけてきた。相槌を打たせる暇もない。


 これは怒っているのか……!?


 わずかに口角を上げた表情は一見穏やかな好青年だが、目が一ミリ足りとも笑っていない。黄金比のとれた整った顔立ちも相まって、仮面や人形の類を想起させた。

 まずい。選択肢をミスったら、即ゲームオーバーのシビアなアドベンチャーゲーム的な場面なのでは。

 とりま、正直に謝罪を述べて、必死に弁解もとい媚をへつらうしかない……!!


「ごめんなさい!! ごめんなさい!! 無断侵入してしまって!! 悪意があったわけでは決してございません!!」

「キミが悪人かどうかはどうでもいいから、ここに訪れた理由(ワケ)を教えてよ」


 どうでもいいんだそこ!? 


 万が一、私が強盗とか殺人鬼の極悪人だとしたら、あなたの命の保証されかねないのだけど。ふいに気の抜けた考えが頭によぎった。

 いけない、いけない。今は緩いシーンではなく、緊迫したシーンなのだから、へっぴり腰でも相手の質問に答えなければ。


「が、崖から落っこちて途方にくれて、歩き回ってたらこの部屋にたどり着いたんですぅぅぅ!!」

「……へぇー。運がいいのか、悪いのか……」


 慌てふためき説明すると、それに頷くなどのリアクションは見せてくれたなかったが、青年は淡々と主張を聞いてくれた。

 質問には答えたけど、次はどうなるだろうか。彼の審判(ジャッジ)に委ねられるしかない。青年は表情が一律固定されたままで、眉をひそめたり、目を細めたりなんてことは一切しない。いや、これが彼の怒りの表現なのかもしれない。


 心がマグマのように煮えたぎる憤怒に駆られていたとしたら、私としては対処のしようがないし、冷え冷えとした眼に見つめられながらではいい案が全く浮かばず、頭が真っ白になる。

 機嫌をこれ以上損ねないようにしたほうが最適かもしれない。

 取り急ぎ、命乞いと一緒に全力謝罪をかますというコマンドを選んだ。


「本当にすみませんでしたぁぁ!! 命だけはとらないでくださいぃぃぃ!!」

「キミにそんなことするほど暇じゃないよ」


 青年は心底どうでもいいといったスタンスで答えると、しゃがみ込んでいた体勢から立ち上がり、背を向けた。

 そして、テクテクと機械的な足取りで、ようやく顔の自由が利くようになった私から距離を大方とった後、床に寝転がり読書の続きを再開した。


 は?


 ──本当に質問しただけかよ!!


 ツッコミが喉の先まで出かかったのをなんとか飲み込む。一方、彼の方はというと、行儀悪く本の字を目で追っている。何故、部外者の私をそのまま放置することにしたのだろう。


「……あの、追い出すとかしないんですか?」

「なんでわざわざキミを追い出す必要があるの?」


 気がかりな事を質問しても、一応返事は戻ってくるが、感情の機微を読み取れない無機質な声であった。答えた後も、私に一切振り向きすらしない。さっきまで一悶着あったのに、まるで何事もなかったようだ。


 これは…………滞在する許可をとってもいいのだろうか…… 


 勝手に自室に入ってしまったこともあるし、図々しい頼みでもある。

 だけど、外で孤独に救助を待ち続けるのも嫌だ。駄目元で聞いてみよう。私は、遠慮がちにお伺いを立ててみた。

 

「じゃあ、あの……迷惑じゃなければ、しばらくここにいてもいいですか……? 外は暗くて……ちょっと怖くて……」

「勝手にすれば」

「──あ、ありがとうございます……」


 相変わらず素っ気ない声だが、今の私にはそれがなんだか心地よくて安心してしまった。

 気が抜けたと同時に、ずっと直立しっぱなしだったせいで足がジクジクと痛みを訴え始める。何処か休める場所があればいいがと探すが、そういえば、ここは家具おろかカーペットすら敷かれてない。


 床に座っていいのかな……?


 彼に勝手にすればと言われたし、いちいち許可だてするのもうっとおしいよな。悩んだ結果、迷惑にならぬようにいそいそと壁のキワまで移動し、そこで膝を抱えて座りこむことにした。休息をとるだけだし、もうしばらくはこの状態で過ごすことにしよう。


 ◆◆◆◆◆◆


「フッ…………フフッ……」


 ──パラ、パラ、とページをめくるたびに紙が擦れる音と共に、面白いアイデアを考えついた子供みたいな含み笑いが、部屋の中に反響する。

 座り込んだまま、さっと携帯を取り出すと時刻は四時少し過ぎ。

 青年の部屋にやって来てから、また半刻以上も過ぎてしまっている。 

 黙りこくったまま、謎の美青年とずっとふたりきりというのは、いくらなんでも気まずすぎる。


 あ、そういえば、彼は連絡手段を持っているのだろうか。聞いてみることにしよう。


「あのー! ここって電話とかってありますかー? 回線つながりますかー?」

「ないよ」

「ないか〜〜」


 わずかな期待は呆気なく霧散した。しかし、家具はともかく食料を備蓄されている様子もないし、どうやって彼は生活してるのだろうか。


 …………家主だよね? 


 勝手に本を読みふけってる、私より先の不法侵入さんではないよね?

 そんな底しれぬ不安がよぎるものの、犯罪者にしてはかなり堂々としているし、さすがにあり得ないだろう。


 聞いてみたほうが早いだろうか。

 連続で質問をするのは無遠慮だが、気になるので話題をふってみる。

 

「えーと、あのー、ここで暮らしてるんですか? 食料とかどうしてるんですか……?」

「確かに…………随分とここには長い間滞在していたけど、五十年くらいなら飢えることはないし、期限には充分間に合うから平気だよ」


 仙人…………?


 少々答えに困惑するが、思ったより質問に答えてくれるし、話しやすい人となりということは分かった。始めの会話でとっつきにくいという印象もとい先入観があったのかもしれない。

 “期限"といったワードがどういった意味合いか不明だが、私には関係のないことだろう。

 孤独は耐えかねない。彼と仲良くなることは悪いことではないだろうし、会話を続けることにした。


「私、リーリエと言います。あなたの名前も教えてもらっても構いませんか……?」

「え? なんで?」


 やっとこっちを向いてくれたが、相変わらず表情は笑みを張り付けたみたいで変化は見せない。加えて、私の言葉が理解出来ないといったニュアンスが、ドライな声の中に含まれている気がする。異星人に話しかけられたみたいな態度だ。

 いや、もっと矮小なる存在……?

 業務的な質問は良くて、プライバシーに当たる名前を打ち明けることは嫌なのか?


「いや、その、気まずいままなのもあれですし……気になったから聞いてみただけですけど……」


 意地を張って謝罪を回避しようとする、子供じみた言い訳をたらたらと並べてしまう。無理強いはしたくないし、彼が嫌がるなら諦めるつもりである。

 肝心の本人は、私の顔をじっと見続けたが、しばらくして読書に飽きたのか、本を閉じ平坦な口調で語り始めた。


「……まあ、いいか。どうせキミは最期になるだろうし、教えてあげてもいいかな」

「さいご?」


 ()()ではなく? 

 読みが同じだけで間違えてません?

 気にはなったが、青年は名前を教えてくれるぽっいので、お口チャックで黙り込む。

 彼は横寝から姿勢を変更して、膝をたてて座り込む姿へと変わり、体の向きをこちら側に気怠げに向けてくる。


 そして、とんでもねぇ一言を言い放った。


「ボクの名前はアーシュ、一応魔王の息子でもあるよ」


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