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2. 押し付けられた気もするけれど


 町でのいざこざを経て、私は工場エリアを抜けた。そして、数軒の民家のあぜ道から、更に少しほど歩いたところに位置する山の坂道をすすんでいた。

 

 この山の名前はガルシアと呼ばれる大山だ。


 連なる山脈たちが、アマナ町をぐるりと取り囲む中、最も高く広々とした大地を構成し、標高は五千メートルにも及ぶ。

 麓から見上げると、その頂は雲に隠れ、まるで天にそびえ立つ巨人のよう。山肌も深い緑色の森で覆われ、どこまでも続く木々の海が広がっている。

 けれど、私個人の意見としては安易に、素人はこの山に訪れることを推奨しない。何故なら、ガルシアは野生動物のみならず、魔界生物──魔物の住処と化してもいるからである。


 都合により、飼育出来なくなった際に、この山は丁度いい捨て場だとでも思われたのだろう。それにより、魔人たちが魔物を大量に放棄したのだ。

 魔物は個体でも繁殖が可能である。そのため、半年も経たぬうちに、山の大半は魑魅魍魎で溢れ返ることとなり、麓まで下りてきて魔物が住民に襲いかかるといった事案が立て続けに発生。


 被害報告が数百件に達成しかけた辺りで、重い腰をようやく上げたアマナの自治体は、お父さんのパーティーメンバーであった魔術師に高額な金を払い、仕事を依頼した。

 承諾した魔術師は、近辺の山一帯全てを覆った結界魔術を施したことで、魔物が町まで下山することがないように措置をとった。


 これにて、一件落着かに思われたが、そう事は上手く運ばない。残念ながら、不法投棄を行う魔人たちはあの手この手で魔物を手放す、対抗策を練り上げてきた


 結界はあくまで、外への侵入を防ぐためにかけられたものだ。森内部に違法ワープ魔術具を用いて顕現し、放棄する犯罪者にはどうしようもない。

 いくら魔術師が政府が国を上げて称え、庇護するエリートであっても、内側までくまなく結界を張り巡らし、魔物の侵入を防ぐことは難しいとされる。なので、自治体は強硬手段を行うことはせず、数年に一回点検をお願いするのみとなった。


 この『魔物捨て去り問題』は、他の地域でもたひだび列挙に上がり、各地ごとに様々な措置をとっている。

 首都のヨートゥでは、魔物どころかネズミ一匹さえも侵入を許さない人体には無害のレーザーを放つ魔法兵器が存在している。これは、近隣の市でデータを取り入れることを目的とした、一時的な運用として導入されたらしい。


 その一方、辺鄙な田舎町であるアマナは、来襲する魔物を楽に倒せる、ものづくりのための工場を建てれる資金も予算もなかった。ゼロと断言していい。

 むしろ、東にある潰れた工場らを建て直し、再利用することに及び腰である。(力の強い魔人がたむろしていることに、役所がビビって立ち退き勧告が出来ないという噂がある)


 そこで白羽の矢が立ったのはギルドと冒険者のシステムだ。


 前提として私たち現代人の暮らしが、5Gなど電波が至る所で飛び交い、鉄の塊が海を渡り、空を飛び、道を走るようになったのは、魔物からとれる皮や外殻、彼らの動力源となる魔力のコアの存在がある。

 全て余すことなく、用いることで今の文明社会が誕生したのだ。


 目の前に広がる生活を守るためには、魔物を狩らなくはならない。

 ある程度の生活を維持するためにも、魔物を狩らなくはいけない。

 

 だからこそ、私たち冒険者は特定の地域間では、必要不可欠な存在とされているのだ。


 簡単に説明すると、ギルドに登録された冒険者が魔物を倒すことで、指定された素材を回収する。それをギルドに納品することで、地方の工場や作業場などに送り届けられるのだ。

 ギルドに手数料が支払われた後に冒険者に分配される仕組みであり、割合にすると三割ギルド、七割冒険者で手数料と報酬が与えられる。


 冒険者はS、A、B、C、D、Eのランク制であり、当然ランクが高ければ高いほど、魔物の討伐難易度は格段に上昇するが、その分多額の報酬金を獲得でき、他所のギルドでも依頼を受注可能となる。

 また、登録した際に発行されるギルドカードは保険証、免許証同様の効力をもち、ある程度なら本人確認書類としての代用も可能なため、昨今は人間のみならず、魔人の冒険者も増加の傾向を辿っているらしい。


 これらのシステムにより、魔物は被害をもたらす害獣から、一転して生活になくてはならない存在となった。

 昔の人々が魔界の勢力に対抗するため、苦心しながら血の滲むような努力を行った結果ともいえる。


 効率化を図ってか、王都などの大都市では食肉用の家畜に近い扱いで、屠殺場で大量に魔物を繁殖させ、殺めたのちすぐさま加工するとされる。

 この一連の行いを、生命をいたぶる残酷な行為だと、一部の団体が近頃騒ぎ始めているらしいが、私はそれを悪とは一概に断定できない。


 何故なら医療や介護にも、魔物の特性や生態を利用した技術が応用され、救われる命が先史文明時代より、遥かに多くなっているからだ。


 ちなみに私の現在の冒険者ランクはCであり、ほどほどの強さとされる分類。つまり、中間である。

 そして、訪れたガルシア山には魔物討伐が目的ではなく、無償のボランティアを託されたために、向かうことが理由である。


 事は数日前、町のギルドの所長からの有り難いお言葉がきっかけだった。


『リーリエさん、暇ですよね。なら今回、一銭にもならない奉仕活動をしてみませんか』


 なんてふてぶてしい物言いでご指名を受けた。

 その言い分に反論しつつ、誰もやりたがらないらしいので仕方ないが引き受けることにしたのだ。(Cランクの仕事がなく、手伝いをしたらまず一番に割のいい依頼を紹介してくれるという取り引きもあったが)

 そうして、現在に至る。


 ガルシア山は通常の登山と同様、一合から十号までの十区間に分けられ、上層に行けば行くほど討伐の難易度は高いものとされる。

 麓でもある一合には、小動物の他に川辺に生息するスライムなど、猫や子犬と同程度の体格の魔物しか生息していないので安全といっていい。

 彼らは臆病で、こちらから害を与えない限り、歯牙(歯が生えているのか不明であるものもいる)をかけてこないのだ。


 この先、三合までは登山して、目的地まで歩くことになる。軽くハイキングだが、先日ラーメンを軽く四杯たいらげてしまったので、ダイエットも兼ねて前向きにいくとし、上方を見上げた。


 構造として、登山道は森の外周を螺旋のようにグルグルと回るように出来ており、階層エリアごとに区切っている。

 頂点まで登り詰めれば、アマナ町全体を眺望することが望め、その景色は朝焼けや夕暮れ時には格別に美しいらしい。

 と、知り合いかつ、剣術を師事してくれたエルフのSランクの女傑冒険者が教えてくれた。


 けれど、まだその高みに私は至れない。

 高ランクの人と、私では天と地ほどの実力差がある。

 中学を卒業し、冒険者としてはC止まりのまま停滞し、同居している父にも恩返しすらしきれていない。彼のように世界を救うといった立派な志もなく、ただ漠然と過ごす日々。


 私は何者になり得るのだろうかと、思考の片隅でぼんやりと考えながら、斜面の上り坂を登った。

 

◆◆◆◆◆◆

 

「はあっ、あー………、クソッ。登るのキツイ……。エレベーターとかあったらいいのに……」


 数十分後には、山の三合目の中腹エリアに到達したが、やはり登山道を数回上がっていくのは苦行であった。まあ、そのおかげで少しはお腹も引っ込んだか、お尻も引き締まっただろう。


 この近辺に現れる魔物といえば、少し好戦的なマッドウルフやツタを延ばして攻撃してくるツタモドキくらい。

 現在は昼を少し過ぎた頃合いで、マッドウルフは昼を済ましたなら、スヤスヤとおひるねをして襲っては来ないだろう。


 しばらくして、ようやくこの山で一カ所だけの洞穴が見えてきた。岩石の壁の穴の中で出来上がったそれは、自然的に発生したものに手を加えたことにより、生まれた場所である。

 あまり利用はしないが、魔物避けの魔法をかけたセーフティゾーンでもあった。


 進入すると、まず最初に湿気によって発生したカビの匂いがツンと鼻腔を刺激する。

 洞窟内部は、ゴツゴツとした岩壁で成形されている。魔力で発光された灯りが、壁の上方に一定の各ポイントに設置されており、仄かに橙色の光が辺りを照らす。道案内の役割も果たしているのだ。


 ギルド長の依頼内容はこの先、奥を渡った場所にある。

 数回は来訪したことはあるものの、出入り口の細道は何か飛び出してきそうな妙な緊張感がある。

 ないないとポジディブに否定しつつ、数分も経たぬうちに目的地に辿り着いた。


 大広間ともいえるそこは、荒廃な岩肌だけが巨大な空間を生成して、ほとんど草が生える場所すらなく、開放感はあるものの変わらずジメジメとしている。

 崖下は底を窺えないほど真っ暗で、落ちたら一体どうなるのか知りたくもないし、考えたくもない。

 私から見てちょうど中央に続く道に、銅の像が台座の上部に祀られている。地面には、誰かが添えたのか花束が一人寂しく置いてあるだけだった。


 私の今回の任務はこの像を清潔にすることであり、いわば清掃活動だ。 

 早速、準備にとりかかるため、像の斜め後ろのロッカーから必要な掃除道具を引っ張り出した。

 

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