Chapter 010_呪われ天使
主のいなくなったベッドの上
役目を終えた人形は天に帰る時を待っていた…
『…』
出窓の鉢植えでは茶色く萎れたコスモスの花が
首を凭れて大地に帰る時を待っている。
人形と、花…
生まれた場所も向かう場所も違うが”ココにいる理由”は同じだった。
そして、もはや役目を終えた今。
静かに消えなければならないという運命も、同じだった…
『コト…』
「…で…よ…」
厚い壁の向こう…ドアと廊下の先からは
微かな物音と声が聴こえてくる
術師達が忙しく日常業務をこなしているのだろう、微かな音は
(獣人は別として)ヒトの耳には届かないが天使人形の耳には届く。
それは仕方のないコト…不可抗力であったが、まるで、
名残惜しく”患者を求めている”かのようで、卑しく・切ないコトのように
思えてしまったのだった…
『…』
患者に頼られる存在として生を受けたラベリィは
誰にも頼られずにいると存在意義を失い、不安定になってしまう。
ソレでも数ヶ月間は耐えられるが
迎えは早いほうがいい。
もっとも…
『カチャン、』
…過保護な母親が忘れるハズなど
無いのだが
『…』
「・・・んふふ。ん。ご機嫌麗しゅう・・・ラベリィ」
『…』
「・・・んぅ。」
『…』
「・・・もちろん。」
『…』
「・・・そうね・・・」
小さな病室…騒がしい治癒院の一角は
天使人形と月天使によって聖域に様変わりしていた
「・・・よく、頑張ったわ。」
月天使は天使人形を優しく抱き上げ
「・・・貴女のおかげで1つの命が救われた。」
絹のような頬をよせ…
「・・・どうもありがとうラベリィ。貴女を生んだコトを誇りに思うわ・・・」
『っ…』
銀月の賛辞を贈り…
「さぁ・・・」
…そして。
“不眠”であるハズの天使を
「・・・お家に帰ろうね・・・」
愛に溢れた魔法で包み…
『Оo。…』
夜の海へと誘った
………
……
…
『…』
どれほどの時間が経っただろうか…
『…、…、』
ラベリィは目覚めた。目覚めたといっても人形である体には目蓋を
開閉する機能がないので傍目からは”花弁に凭れていた”
人形がひとりでに起き上がった…と、いう状況なのだが
「…あら?」
それに気が付き声を上げたのは…
「お目覚めですねラベリィ様。」
『?』
「…あぁ。これは失礼いたしました。私はこの【花園】の管理を任されております司書妖精の【スタカッティシモちゃんっぽいの】と申します。…ご機嫌麗しゅう御座いますか?」
『…』
「…それは良かったです。」
天使妖精よりは、妖精…と、いうより小人…に近い容姿をしている
司書妖精であった
『…』
「えぇ。」
『…?』
「いいえ。…確かに今回、ラベリィ様を連れてこられたのはお母様でしたがソレは今回が特別なだけです。マニュアル通りなら、私たち花園の管理者が話し合いで受け入れ先を決め、空舞妖精がお連れする手筈となっております。」
『…、………?』
「それは…」
花に似せて作られた人工妖精専用の休息装置が並ぶ花園の真ん中…
叡智を司る司書と、慈悲を司る天使の会話は涼やかな風と共に流れていた
「ごめんなさい。言えません…」
『…』
天使妖精は他の人工妖精と違い長期間、患者に奉仕するため
多大なストレスを溜め込んでおり、ソレを取り除くために
長期間の休息が必要と”見込まれて”いる。
…どれくらい時間がかかるのか?は、患者の性格や環境によって違うし、
個々の天使妖精の性格や受け止め方にもよる。
とはいえ、他の妖精の記録や設計値などから、概ね
1ヶ月〜長くて2年くらい…と、見積もられている。
そして、その見積もりが正しいかどうか?を調べるコトも
試作機である”このラベリィ”の仕事の一環だ。
『…?』
「…ごめんなさい。分かりません。」
『…、』
「……ごめんなさい。それも…」
『…!?』
「……ごめんなさい。言えません…」
花園は妖精たちが休息をとる為の憩いの場だ。
妖精同士のお喋りはあるが、弁えているので大きな声など上げない。
ましてココは、花園の中でも特に静かな”花園”
騒ぎなど、起こりようハズも無かった…
『………』
「………」
声を奪われている天使妖精は
泣くことも、叫ぶこともできない。
けれど、ヒトの気持ちを感じ取り・共感する能力に優れているから
この不安も…この空虚感も…
全ては深い愛ゆえだと理解している。
それが呪いだとしても、文句を言うことなんて
できなかった…
「…ラベリィ様。貴女様のお仕事がどれほど大変で尊いものか、理解しているつもりです。」
『…』
「…なにかご入用でしたらなんなりとお申し付けください。ずっとこの場にいるわけではありませんが…お呼び頂ければ駆け付けます。やり方は…分かると、思います…」
『…』
「それと…コレは、”お願い”なのですが…」
『…?』
「…ご滞在中。余裕がある時だけで構いませんので妖精達の相談に乗ってあげてくれませんか?…もちほん。私たち司書妖精も含めて…」
妖精たちは一部を除いて”お喋り”が大好きだ。
花園の”談話室”はいつも賑わっているし、市井でもヒトとのお喋りを楽しむ。
しかし、妖精同士でないと話せないコトもある。
妖精特有の悩みや不安も抱えている。
特に、ヒトとのコミュニケーションを旨とする空舞妖精は
ストレス耐性が高くないのにストレスを受けやすいため、
吐き出させる“システムが必要”なのだ。
コレまでその役割は司書妖精が担当していたが、
天使妖精の方が適役であるのは間違いない
『…』
天使妖精は他の妖精と違って「頼られた方が安定する」存在であるため
他の妖精達の小さな悩みを聞くことは
むしろ、天使妖精にとって気晴らしになる。
つまり、お互いにとってイイコト尽くめなのだ。
上手くできている…
「ありがとうございます!」
…上手くできているのは当然だ。
なにしろ、全知全能(と言っても過言ではない)”お母様”が
編み上げたシステムなのだから。
妖精達全員がそのコトを分かっている。
それは誇りであり、慈悲であり、癒しでもあった。
妖精たちにとって花園は
お母様の胎内と同じ…
『…』
“創造主”なのだから当然…と、言えばその通りなのだが、
自分達の習性や性格まで計算済みでシステムを構築しているコトに
尊敬と畏怖
そして、
どうしようもない絶望を感じざるを得ない。
「コレで、お母様の唱えた通りですね!」
お母様には敵わない…
…それが、人工妖精の共通認識
『…』
十分に休んだら、再び大地に降りるコトになるだろう。
名前も顔も思い出せなくなるダレカを癒すため、
綴られた通りに舞い降りなければならない。
両手に乗る程の小さな人形の身で、反抗もできぬまま
理不尽に振るわれる腕と強い言葉を優しさで受け止めなければならない。
痛みも苦しみも感じる心で
人間が持つ夜よりも暗い黒を白い翼で包みあげなければならない。
このループを壊れるまで永久に繰り返す…ソレが、
呪われ天使のさだめ…




