Chapter 006_優しさ誠実さ
「…ベルナールさん。うちで働いてみませんか?」
姉妹は戦を見ていない。
「え…」
母と父と父と龍と天使と獅子と蛇と星と風神と剣と
パトロンと帝王と母の師匠…
お伽話の勇者も魔王も討ち滅ぼした物理と権力と資金の
白金壁に守られて
秩序と平和と理性と知恵と理に満ちた
この世の楽園でスクスクと、何不自由もなく育った。
魔法の才能には恵まれなかったけれど…それでも、
1点の曇りもない星空のような無限の愛に包まれ
優しく誠実な子に育った…
「3食おやつ付き。冒険者稼業は限られちゃうかもしれないけど…でも、うちの方が稼げると思うわよ?」
「イイねソレ!ミーもさんせー!」
「他に手もないものね…」
「もんねー!」
「ええぇっ!?」
姉妹はチョットだけ怒って、そして
その何倍も悔しかった。
完璧な母の完璧じゃなかった部分に怒って。
完璧な母の裏をかいた”どこぞの馬の骨”が許せなかった。
絶対に許さない!
徹底的に潰してやる!!
そんなに戦争がしたいって言うなら…受けて立ってやる!!
「ミーリア、先ずはベルナールさんを冒険者ギルドに…」
「ガッテンしょーち!」
「うわぁっ!」
「ミーリア。お金は…」
「ダイジョーブ―!!ミー、お兄ちゃんよりお金持ちだよー!!」
「ミーリア!一人称は…」
「わーたーしー!!…もうっ!おねーちゃん細かいっ!!」
身体強化が得意なミーリアは
小柄な体で…
「森から帰ってくる冒険者さんで(ギルドが)いっぱいになる前に…急ぐよっ!」
「うわぁっ!」
自分より大きくて重いベルナールをグイグイ引っ張り
『バンッ、バタンッ!』
と扉を開けて!閉めて!
「レッツらゴーゴォー!レッツェンごー!」
「あぁぁー…」
突風のように
飛び出していった…
「…まったく。騒がしいんだから…」
…そう言いながらも笑顔のリチアは
食堂のテーブルから帳簿台に移り…
「…『理の願い』ヴァージンリーフ。っと…」
製紙魔法で
手の平に1枚の紙を生み出して…
「拝啓。麗しの…」
…そこで一瞬
筆を止め…
「…麗しの。”まじょ” 様…」
…皮肉を込めて。
「…毎年仕入れている”お気に入りの”シードル。今年は手にはいらないそうですね?ご存知でしたか?…ご存知なら、どうして何もしなかったのですか?リ・チ・ア…と…」
机から定規を引っ張り出して。
「…ちょっと生意気かな?…ま。親が親…だもんね?」
短冊状に丁寧に折り畳み
「フーウェン!『ふりゅうっ?』フーシェン『ぴゃっ!?』」
水路で飛沫を上げている龍を呼びだし…
「あぁ!もー…!びしょ濡れのまま入って来ないで!タオルがあるでしょ!!」
『フ、フルゥ…』『ピリャあぁ…』
…グチりながらも、
丁寧に龍たちを拭くと…
「…はい。コレ…」
『『ゅ…』』
…1枚の。
魔法の手紙を取り出して…
「…お母様に。お願いね…」
…丁寧に
その首に括り付け…
『『フピリュリュウ!!』』
「ご飯までには帰ってくるのよー!」
『『りゃぁ〜…!』』
窓から飛び出す2輪の虹を
見送ったのだった………
………
……
…
「贅沢セット3つ!7番テーブル」
「はいっ!」
「おにーちゃん!?アップルパイ出てないよ!」
「もう出せるから!お盆を…」
「りー!」
冒険者の宿にはピーク時間が2つある。
1つ目はチェックインから夕食後までの
ディナーラッシュ。
2つ目は早出組の外出からチェックアウトまで。
もっとも、2つ目のチェックアウトはパーティーごとに
多少バラけるから緩やかだけど、1つ目は違う
「リチアちゃん!今晩のディナーも最高だよ!」
「ほんと!?頑張って作った甲斐があったわ!」
「お、お礼ってワケじゃないけど…ショ、ショコラ頼んだから。一緒に…」
「…う?…んふふふ。でも、ソレはお客様のですから!私が頂くわけには…」
「リチアちゃーん!」
「…う?あ、んー!…ごめんない。行かなきゃ…」
「あっ、あぁぁ…」
「ぷぷっ…」
「フラれてやんのー!」
「う、うるひゃい!泣いてなんか…」
消沈しきって周りが見えていなかったベルナールは
この期に及んでようやく、自分がどこに居るのか自覚した
「ミーリアちゃん!?なんで厨房に男が…」
「う?…男の子なら何人かいるけど…」
「手伝いの子供の事じゃないよ!あの、オレと同い年くらいの…」
「あぁ!お兄ちゃんね!」
「「「お兄ちゃんんんぅ!?!?」」」
「今日から働いてもらうことになったんだ!よろしくねー!」
「は、働いている…だとぉ!?」
「ん!アルバイトのおにーちゃんでーす!」
「募集なんてしてなかったじゃないか!?」
「こないだは、ね?でも、今日はたまたま1名だけ募集してたの!…で、スグに埋まった!」
「「「そんなぁあ〜…」」」
人懐っこく、明るい妹と…
「ねぇ~…リチアちゃん聞いてよぉ~…」
「んぅんぅ、なになに?」
「こないださぁ~!うちのリーダーがねぇ…」
「うー…ソレはヒドイね。それから…?」
…賢くて、頼りになる姉。
器量も性格もよい姉妹が営む(ちょっと高いけど)美味しくて明るい宿屋が
若者で賑わう冒険者の街で、人気ならないハズが無い
ギルドへの道中で何度も声をかけられていたミーリアと、
入り口の人だかりに「ごめんなさい。今夜は満室で…」と、頭を下げるリチアと、
リチアの上で(まじめに?)客を睨む2輪の龍と
帳台の上で忙しそうに宿泊客を捌く小人(ベルナールは聞けずにいたが、この小人こそ人工精霊。司書妖精の【スタカッティシモちゃんっぽいの】である。)
その全てを見ていたベルナールは、この宿の異常性に
もっと早く気付くべきだった
「ミーリアちゃん!今夜のディナーも美味しいね!」
「んふふー!でしょでしょ!!パンのお代わりあるよー!」
「ほんと!?なら、お願いしちゃおっかな…」
「3番カウンター様パンのお代わり入りまぁ〜す!」
「…ってなワケなの…」
「うー…ソレは許せないね!ギルドに訴えて注意してもらった方がいいよ!」
「そうかなぁ…?」
「そうよ!無理しないでね…」
「うん…ありがと。…あ!お礼と言ったらなんだけど…奢るね!」
「…ううぅ?そんな。悪いよ…」
「いいからいいから!えぇと…クッキーでいいかな?」
「…ほんとにいいの?」
「もっちろん!…相談料だよ!!」
「んふふふ!ありがと!」
この宿は(ディナーに限り)宿泊客以外でも食事が出来るので
ディナータイムは目が回るほど忙しい!
何処からともなく現れたオバちゃんと子供たち(近所のお母さんと孤児院の子供たち)が手伝ってくれているし、
カウンターから食堂を俯瞰して注文を完璧にメモる司書妖精と、
客とダベりながらもしっかり働く2人のおかげで回るには回っているケド忙しい!!
看板娘が次々に追加注文をとるから忙し過ぎる!!!
「おにーちゃんまだー!?」
「やってるよ!!」
「焦らず急い…う?んー!!…11番カウンターにも同じのだってー」
「うがぁー!!」
「がーんばれっ!がーんばれぇっ!!」
「…ベルナールさん。…クッキーここに置いとくから。好きにつまんで…」
「あぁりぃがぁとぉ〜」
「…うぅ?…あっ!んーっ!!…ごめんなさい。6番テーブル様(。チーズの盛り合わせ追加だって…」
「うがぁーーー!!」
「あ、あははは…が、がーんばれぇ…」
つい2日前まで、曲がりなりにも男爵家のお坊ちゃまだったベルナールを戦場のような厨房に投げ込んだ姉妹は本当に誠実で優しいのか…
「おにーちゃん!」「ベルナールさん!」
「「まだ(ですか)ー!?」」
…大いに謎である