Chapter 031_自惚れ
「ねぇ、ラベリィちゃん。あの人…ベルナールさんは今ごろ。何をしてるかしら?」
ハラの町の危機など知らないベリーチェは
湯気を立てるティーカップが置かれ天使人形が座る
机にお行儀悪く肘を突きながら
出窓に飾られた花を見ていた
窓の外はよく晴れていて。
空の青と雲の白
日の光と涼やかな風
そして、新緑の緑と花が
身に余る春へと誘う…そんな、
自惚れた春の陽気であった…
『…』
術師とラベリィが想像していた以上に
ベルナールは優しく。そして誠実であった。
ソレは”素晴らしい事”であり、彼のおかげでベリーチェ
は目に見えて回復していった。
彼の功績は大きかった。
しかし…
「すぐ、隣の町だって話だし…きっと、彼の所も同じように晴れているわよね?同じようにお花を見てるかなぁ?同じように…わ、私の事を。思い出して。くれてる…か、かなぁっ///」
…しかし。
ベリーチェの中で”彼”は大きくなり過ぎてしまった。
恋愛感情はヒトの心を大きく強く揺さぶる。
今はソレがいい方向に働いているが、
この先も続くとは限らない。
”ソノ時”が来てしまったら…ベリーチェはいったい、どうなる?
『………』
勝手に想われ、勝手に懸念されているベルナールからすれば
迷惑な話でしかないが、ベリーチェの心で大きく育ってしまった
イメージと恋心は術師達にとって“目の上のたんこぶ”であった。
そのまま視界を奪ったり、膿んで毒を吐き出さなければいいが…
『…ベリーチェ。今日のお仕事の準備はいいの?まだ、着替えてもいないけど…』
治癒院の職員が相手であれば殆どパニックを起こさなくなった
ベリーチェの次のステップは「外のヒト」と対面するコトだった。
そして、その役を果たせる者はベルナールの他にいなかった。
「…お仕事?」
『…ん。レーチェルさんが待っているわよ?』
「………」
…恋ができるほどにベリーチェが回復したのは喜ばしいコトだ。
ラベリィだって、彼女の恋路を邪魔したくない…どころか、
応援したいとさえ思っている。
けれど…
『…』
「…」
『…』
「今日は…」
ベリーチェの心は
まだ…
『…本当にそれでいいの?』
…まだ。
恋に耐えられるほど。
強くない…
「………………」
………
……
…
「構わないと思いますが…」
「わ、私も…」
…2日後。
予定日になっても帰らないベルナールを心配した
ベリーチェがパニックを起こし、そのまま”ふて寝”して
しまったため。ラベリィ主導で対策会議が開かれた。
議題は(「ベルナールは帰って来るモノ」として…)
彼女に彼を逢わせていいかどうか?
「…確かに今日は、ちょっと暴れちゃいましたが…でも、ソレも短時間で済みましたし、今も落ち着いています。ベルナール君には事前に十分な説明をして理解を求めます。きっと彼なら上手くやってくれるでしょう。…加えて。私たちが側で見守っていれば問題ないかと…」
「そ、そう思います!本人も強く希望していますし、叶えてあげたほうが。回復も早まるんじゃないかな?って…」
順調に回復しているベリーチェのコトも、誠実で優しいベルナールのコトも
知っている治癒術師2人は彼と彼女の逢瀬に賛成のようだ。
しかし、一方で…
『レーチェルさんはどう思いますか?』
ラベリィに問われた薬草師のレーチェルの意見はというと…
「私は…もうちょっと、慎重でも良いかなって思っています…」
…その言葉に
「「…」」
『…』
2人と1つは無言で続きを促した。
レーチェルは長い睫毛を上下してから
言葉を続け…
「ベリーチェちゃんは…最初に比べれば、確かに回復しているように見えますが。ソレでもまだ、精神安定薬が手放せません。倉庫のお片付け中にも上の空になる時があって…か、考え事をしているダケなら、いいのですが…そ、そうじゃなくて。呼び掛けても、肩を叩いても反応しないコトもあります…」
「「…」」
「………確かに。パニックや再体験は減りました。薬の量も減りました。でも、あの子はまだ薬を服用しないといけない…”投薬治療中”…なんです。1年弱という時間は”治癒術”からすれば長すぎる時間だったかもしれませんが…」
薬草院(※薬草師の学校)1期生で夜の魔女から直接指導を
受けた彼女は自分の知識と技術に自信があったが、
最新の薬の知識を常時更新できるうえ、患者に寄り添い
完璧なタイミングで投薬までできるラベリィがやってきてから
というもの。自分の仕事の何たるかを悩み続けていた。
研究では錬金術師に敵わないし、栽培では農家に敵わなかった。
治癒魔法はもちろん宿せないし、
知識でも技術でもラベリィには敵わない。
…才能に恵まれた人達の中。
凡人である自分にできることは…
「…あ、あの子の投薬治療は。もしかしたら、最終ページまで続くかもしれないのですよ?ソレを思えば、あの子はまだ、治療の初期段階です。焦る必要は…な、ないのでは。ないでしょうか…?」
レーチェル自身は気付いていないが、レーチェルには
“弛まぬ努力ができる”という類稀なる才能があった。
ラベリィのカルテを事細かにメモして薬と投薬の知識を吸収し、辞書を引き。より、効果的な薬の組み合わせはないか?もっと効率的な調薬はできないか?寝る間も惜しんで研究を重ねた。
彼女の研究には患者の観察記録も不可欠であり、カルテを通して…そして自らの手足と瞳を使って…積極的にベリーチェの治癒に携わり。そして、ベリーチェの事を想っていた
『…』
ラベリィは自分が自惚れていたことに、この時始めて気が付いた。
患者に寄り添い共感し、間違えのない最善のケアをしてきたと
自負していたし、ソレは正しかった。
しかし…
『そうですね。もっと、時間をかけても良いかもしれません』
ラベリィは長期間患者に寄り添うために肉体的にも精神的にも
非常に高い耐久性をもっているが、ソレにしたって限界がある。
そして、他の妖精と比べて創造が困難で数を揃えられないため
【コアユニット】…集中治療専任…にせざるを得ない。
こういった事情を踏まえ、ラベリィは”最初から”
患者の治療を終えたら去り、次の患者の元に向かう…
”担当を変えて運用する”ように設計されているのだ。
ひとりの患者の側に
”ずっと”寄り添うことは、できない…
「そ、そう…ですか?」
「ま、まぁ。ラベリィ様が言うなら…」
ベリーチェの側にあと、どれくらいの期間いられるのか…
ソレはまだ分からないが、このまま順調に回復すれば
あと1年は掛からないだろう
『…ソレでは、ココからの議題は「ベリーチェちゃんを”外のヒト”に少しずつ慣れさせる方法について」としましょう。…よろしいですか?』
”可哀想な患者ちゃん”との別れの日も…
「はい」「はいっ」
「は、はい!」
もう、近いのかもしれない




