Chapter 004_土地と歴史
ベルナール…ベルナール(・ランベレヌ)は
エディアラ王国北部に位置するボンリーヌ領の
男爵家3男として産声を上げた。
男爵家…貴族といっても領主ではない。
"領地"ではなく"土地"…果樹園が広がる丘陵地といくつかの集落…
を所有しており、そこで暮らす庶民とともにリンゴの栽培→収穫→加工
を行い。商人に販売して生活費を得る…
いわゆる ”農民貴族” というやつだ。
「…ボンリーヌ?ドコカで聞いた気が…」
「もしかすると…シードル。じゃないかな…?」
「シードル…リンゴのお酒ですね?」
リンゴはエディアラ王国において
小麦に次ぐ生産量を誇る”ありふれた”農産物だ。
主に加工用(生食も無くはないが少数)の品種が栽培されており
コンポートやジャム。ジュースやシードル(醸造酒)や
アップルブランデー(蒸留酒)。家畜のエサなどに利用されている。
ベルナールの出身地【ボンリーヌ】もそのひとつ…
「そうさ!…うちで作っているシードル。ちょっとだけ名前が売れていて…あ、ほら!あそこの棚にも…前シーズンの空き瓶!?いやぁ、こんな南の街で見かけるなんて…嬉しいなぁ!」
「うぅ!?」
「あ、あれは…」
「…うぅん?よく見れば、うちのシードルの他にも…あ、あれ?このブランデーも。ウィスキーも…銘酒揃いじゃないか!?」
「じょ、常連さんが飲んだものなの!…そ、その棚のお酒は売り物じゃなくて…」
「売り物じゃない?…キープってやつかい?」
「そ、そんなトコ…」
「ふぅん…ずいぶん凄いお客さんが…」
「そっ、それよりお兄ちゃん!」
「ベルナールさんのお話!」
「…え?あ。う、うん。そうだったね…」
…話を戻そう。
お酒…と聞くと、高価で儲かりそうな気もするけど
実際のところ”そうでもない”
この国ではジュース感覚で飲まれる”ありふれた”飲み物であり、
至る所で生産されているから値段が高くないのだ。
加えて、
シードルを造るには手間と人手と設備と時間と…何より
大量のリンゴが必要…つまり、原価(生産するためのコスト)が
”それなり”にかかってしまう。
冷害や水害、病気などでリンゴが全滅してしまうコトだってある。
収穫は朝から晩まで…子供から老人まで集落総出でリンゴを採って。
その後は空模様に気をつかいながら十数日間 天日干し。
筋肉痛になりながら圧搾(潰すコト)して。
ベタベタになりながら不純物を払い避け。
桶で掬って樽へ移す…という作業を何千回と繰り返し
祈るような気持ちで酵母と雑菌のせめぎ合いを見守り
澱をとって熟成させて
瓶詰めして、コルクを挿して、
更に発酵させて…熟成させて…
ラベルを貼って。馬車に詰め込み…
「…お酒造りって。タイヘンなんだね…」
「ホントね。力も要るだろうし…オマケに、寒い季節の作業なんでしょ?」
「力と…なにより忍耐が必要だね。同じ作業を何百、何千回って…何日間も繰り返すからね。…で、でも、寒さはソコまでじゃ無いんだよ。樽に移してからは地下に掘った酒蔵での作業なんだけど、酵母が熱を出すから蔵の中は外より温かいんだ。外は雪でも、作業中は汗ばむほどさ…」
「「へぇ〜…!」」
秋の収穫から始まるシードル造りは約半年かけて
春の終わりにようやく終わる。
やっと出荷にこぎ着けた…と、思ったら。
夏は冷害に水害、そしてリンゴの木の病気に細心の注意を払わなければならない。
気付けば、収穫も間近…
「大変…では、あるけれど。集落の皆で春の女神祭に合わせて”味見”と称して、できたてのポム…あ、あぁ。【ポム】っていうのはシードルの愛称なんだけど…できたてのポムを開けてね。子供から老人まで飲んで踊って。騒ぐのさ!」
「…ふわぁっ!?こ、子供もおしゃけ飲んじゃうの!?」
「…ちょ、ちょっとダケね!」
ボンリーヌは丘が多く土地も痩せているため
麦をはじめとした耕作には適さない。
加えて、北方にあって冬季は氷点下を下回る厳しい土地だ。
でも、だからこそシードルに適したリンゴを栽培できる。
「…ふふふ。楽しそうね…」
「楽しいさ!」
働き詰めの冬を乗り越えて迎えた春が
どれほど心躍るものか…
「…事件が起きたのは14年前。オレがまだ赤ん坊の時だった…」
「「…」」
楽しそうな話しから一転、
声のトーンを落としたベルナールに合わせ、
リチアとミーリアも背筋を伸ばした…
「自分でいうのも悲しいけど…ボンリーヌはシードル”しか”ない田舎だ。鉱山があるわけでも神話や伝説があるわけでもない。ルボワ市みたいにダンジョンは無いし、有名人の生まれ故郷でもない…価値の低い土地だ。…もちろん。オレにとっては違うけど…でも、外の人から見たら。ソウに違いない…」
…そう言ったベルナールは外を…
夏の暑い日差しを反射して光る水車の雫を瞳に映してから…
「ボンリーヌはどこかの派閥に所属したことが無い。だから、落穂事件の動乱からも、最初は見逃されていたんだと思う。けれど…」
…平和な田舎を飲みこんだ
「巻き込まれたんだ。権力者たちの争いに…」
歴史のうねりを語り始めた…