Chapter 014_進んで、戻って、わずかに前へ
〜カレント2,206年 水鳥の月20日 晴れ〜
バイタルは
体温35.6℃
SPO2(サチュレーション)100%
心拍67/min
血圧は101-65Hgmm
〜解呪を施した翌朝〜
「ふわぁ〜………あ…おはようラベリィちゃん。すぅ〜…はぁー…。んんぅ〜…今日も柔らかくて。いい香りぃ…」
『…』
…昨夜。
あんなコトがあったのに…
「ラベリィちゃん…ラベリィ…【ラベリィ】って、お名前…こう言っちゃ難だケド、あんまり天使っぽくないよね?”天の使い”って言うより。素朴で、柔らかくて…お友達。みたいな…」
『…』
「すぅー…ラベンダーの香りだから。ラベリィ…?」
『…』
昼の0刻23分。
皆の心配をよそに、ベリーチェは穏やかな朝を迎えた
命に関わる危険な発作を起こした事も
呪われていた事も
解呪された事も
月天使にお世話された事も
彼女は何一つ覚えておらず。
サイドテーブルにいつも通り座っている天使人形に
いつも通りの挨拶をした…
『…』
細心の注意をもって…殆ど無音で運ばれた『ホカホカ』の朝食
を食べてもらおうと、扉に向かって彼女の服を引っ張ると…
「…うん?扉に何か…あ。ご飯か…」
…うん。『パッ』とは出なかったみたいだけど、
スキーマ形成も記憶保持も問題なし…
…いや。
結論を急ぐべきじゃない。数日見守り、
総合的に判断しないと…
「今日のご飯は…うわぁ〜!スパイシー豚まんだぁ!…ふふふっ!お腹空いてたんだよねぇ…」
『…』
暫く食べていないから消化管能力の低下が心配で、
”香りだけ”スパイシーな豚まんだケド…
ちゃんと食べてくれるかなぁ…?
「いっただっきまーす!…あむっ!もにも…に…」
【食事】は自由を制限されている入院患者にとって
数少ない癒しの時間だ。
食事療法…とまではいかないけれど、栄養バランス
のとれた美味しくて、見た目も美しい食事を摂れば
心も身体も健康になる。
食べてもらえないことや、患者が暴れて台無しになってしまうことも少なくない。
けれど、それでも、
薬草師と有志で治癒院の手伝いをしてくれている月天使教の信者たちが
丹精込めて作ってくれた特別料理だ。
お気に召すと、いいのですが…
「…うん!」
『…』
「スパイシーなのに辛くないお料理なんて初めてだけど…美味しい!」
『!』
やったね!
表情を変えられないラベリィは、代わりに羽根を動かすコトで
喜びを表現していた…
「あむっ、はむっ…もにもに…」
…しかし、ベリーチェは。
そんなラベリィに気づくこともなく無心で
豚まんを頬張り、タネを覗き込み…
「…スパイシー料理って、いつも辛いから我慢して食べてたけど…。コレは辛くないから!…あむっ…い、いふられもひけひゃう…」
ふふふ…子爵令嬢にあるまじきお行儀の悪さだけど、
美味しいものを前にしたら仕方ないよね…
『…』
…そんなコトを思いながら、
『でも、この事は患者のプライバシーに配慮してナイショにしなきゃね。ソレより…』
天使の書にアクセスした天使人形はバイタルデータの下に
〜…予想通り。ベリーチェちゃんはスパイスの香りは好きだけど辛いものは苦手みたい。次は、ココナッツミルクタップリの。甘いカレーを用意してあげて!〜
…と。
心を込めて綴ったのだった…
………
……
…
〜カレント2,206年 水鳥の月22日 曇〜
バイタルは
体温38.3℃
SPO2(サチュレーション)94%
心拍91/min
血圧は110-76Hgmm
〜
「はぁ、はぁ…」
『…、』
ベリーチェは風邪をひいてしまった
万全の態勢で…昨日も一昨日も、診断では「異常なし」だったのに。
ソレでも風邪をひいてしまった。
…おそらく昨夜、急に気温が低下したのが祟ったのだろう…
「ベリーチェちゃん…し、しっかり…」
弱った彼女につけ込んだ弱小細菌による”大した事ない”風邪だと
分かっているラベリィとシャルロッテはあまり心配していなかったが、
2日連続で彼女を診断していた見習いセコンドヒーラーであるマリーは
気が気じゃなかった。
夜勤の信者さん(治癒術師は貴重な人材なので病気になるわけにはいかない。
緊急時以外は規則正しい生活をおくるコトができるように配慮されており、
夜間は治癒院を運営している信者さんが詰めているコトが多い。もっとも、
急患が出たら術師に選択権など無いが…)
から報告を聞いたマリーは病室に駆け込み、氷枕を替えたり体を拭いたり…
涙目になりながら甲斐甲斐しくベリーチェの看病を続けていた
『…』
その様子を静かに…
ベリーチェの胸の中で見つめていたラベリィは
今夜予定している相談会で、どうやってマリーを慰めればいいかを考えていた。
「彼女の病気は季節性のもので…誰にも、どうにも管理できるものじゃなかった。」
「内科処置魔法もしたのだから、今夜にも熱は下がるだろう。」
自分の失敗…お母様は失敗とは言わなかったけれど…失敗は。ラベリィの心に
大きな汚点として残った。
だからこそ、彼女は”期待されている以上の結果を出してやろう”と
意気込んでいた。母親に似て負けず嫌いだったラベリィは、
”患者以外も救ってやろう”…などと、
大それたことを考えるようになっていた…
『…お母様。見ていて下さいね…』
慰めではなく「よくやった」…と、
そう言って貰う日のために…




