Chapter 008_天使
「…」
意識を取り戻した…と、いってもべリーチェのソレは
”生理現象”として目蓋を上げたに過ぎず
本来の意味の目覚め…”覚醒”とは隔絶したモノだった
『…』
乙女の傷付いた心は深い深い意識の底へ。
暗く生温い海の底へ…
………
……
…
「…お早う。ベリーチェちゃん。」
「…」
「………さぁ。診断とお支度と…お薬に。しましょうね…」
「………」
………
……
…
「…」
「…どう、思う?」
「どうって…ち、鎮静薬を減らしているのに。意識が覚醒しないとなると…」
「そうよね………」
「も、もういちど月天使様に…」
「ダメよ!フォニアちゃんは私たちに預けてくれたのよ?その信頼に応えないでどうするの!?」
「そ、それはそうですけどぉ…難しいです。鎮静薬の量が多いせいで、この子が”目覚められない”ことは分かりますけど…減らしすぎると、今度は強烈な再体験が頻発して心が壊れちゃうんですよね?…薬も治癒魔法のように「上手くやって」くれるモノだったら、よかったのに…」
「…できないことを祈っても仕方ないわ。」
「…」
「もうちょっと…あと5日ほど今の(薬の)量を維持して見守りましょう。それでダメなら。更に減らして…」
「だ、大丈夫…でしょうか…?」
「…そんなの私だってわからないわよ。でも、やるしかないわ…」
「…」
「信じましょう。フォニアちゃんを…そして。この子を…」
「うぅぅ…ハイ。です…」
………
……
…
「…」
『…』
心は複雑だ。
思春期に実家を飛び出し、勘当され
やむにやまれず冒険者となり
初回の冒険で”あんな悲劇”に見舞われた
ベリーチェの心はキャパオーバーで粉々に砕け散り
体以上に深刻なダメージを負っていた。
感情のない生理反応…とは、いえ。
目蓋を開いたコトでさえ、奇跡のようなモノだった…
「ぁ…」
…彼女はこのまま 1/1スケールの少女人形
に成り果てる可能性だってあった。
だから………
「………こ…こ。は…?」
『!!!』
…だから。次の奇跡
を期待してしまう…
「名前は?」
「………ベリーチェ…」
「…歳は?覚えている?」
「………じゅう…なん歳。か…」
「「…」」
何十回かの”醒めない目覚め”を繰り返して
ようやく、ベリーチェは”綴られた奇跡”を取り戻した…
「ココがドコかは…分かる?」
『………フリフリ…』
「「…」」
記憶は混濁しており意識も薄弱
心地よい”薬の海”に漬かっていた心は未だ痺れ、
忘れているのだ。
この世界の厳しさと、
我が身に受けた恥辱と痛みを…
「…こ、ここは治癒院です。ベリーチェちゃん。貴女は…」
けれど…
「…ち、ゆ………」
防衛本能として断片化され。
術師によって麻痺させられてなお、
「…………っ」
過去に受けた鮮烈な痛みは亡霊となって、
「いやあぁぁーーーー!!!!」
彼女の心を引き裂き、暴れる
「やだっ!?いやっ…や、ヤメて!!イヤッ!イヤよおぉぉー!」
「「!?」」
「こっ、こないで!おねがっ…ひぎゃあぁー!!!!!」
トラウマの再体験…フラッシュバック…は
心的外傷ストレス症候群…PTSD…における典型的な反応だ
「だ、大丈夫!大丈夫よベリーチェちゃん!!」
「はわわわぁ〜!わ、私。何かいけないコト言っちゃっ…」
「反省は後!!鎮静魔法いくわよ!!」
「はっ、はいぃっ!!!」
「せーのぉっ!「『抱擁の微睡 祈り込めて揺蕩う』テンド!!」」
術師にミスがあったか?と、いうと
そんなコトはない。
精神疾患患者の反応は鋭敏かつ個人差が大きく
ドコに地雷が潜んでいるか誰にも分からない…本人だって分からない。
何気ない日常会話が引き金になることもあるし、
ソレすら無いまま、突然、感情が爆発する時もある…
「あぁぁ…あ…っ………」
「………」
『…』
「眠った…みたい。ね…」
「ふ、ふぅ〜………しょ、衝撃てk…」
「お喋りはあとよ。ここは…天使ちゃんに任せて。私たちは打ち合わせね…」
「はい…」
ただ1つ分かったことは、
まだ、ベリーチェは「人と話せる段階」に無い
と、いうコトだ。彼女の回復には長い時間がかかるコトだろう
「…それじゃ。お願いしますね…」
『…!』
「ラ、ラベリィ様。その子をお願いします…」
『!!』
強烈なトラウマを経験した脳は【過覚醒】状態に入り
小さな刺激にも大きく・激しく反応してしまう。
ヒトは本能的にヒトと触れ合うコトを求めているけれど、
トラウマを抱えた後は別だ。
面と向かって話をする事…そもそも、”話をする事”
そのものが大きなストレス要因となり、
地雷を踏み抜く要因となる。
『カチャ…パタンッ。』
…だからこそ「彼女」が必要とされる。
患者に無言で寄り添い見守る。
暴力も、悲鳴も、涙も、無気力も受け止めるコトができる水晶の瞳が…
『…』
…天使妖精は
薬草学の発展に伴い可能になった長期ケアの需要を
満たす目的で開発された最新鋭の人工妖精だ
ビジュアルは天使の輪と羽を生やした”ぬいぐるみ”
…あえて、ヒトとは隔絶させた見た目をしている。
誰の瞳を通しても、無害で無力な存在として映るだろう
実際、ラベリィは無力で受動的な妖精だ。
喋れないし、素早く動くこともできない。でも
だからこそ、傷付いた患者に寄り添い見守ることができる。
患者よりも確実に弱い相手…何をしても決して怒らず、反撃せず、
ただただ成されるがまま無言で受け止めてくれるモノ…
『…』
…ソレがラベリィだ。
天使とはそういうモノだ。
「すぅ…すぅ…」
病と向き合い
自分の事で精一杯で…泣いて、叫んで、暴れて、
好きに食べて好きに眠て…
『…』
…そんな患者を救えるのは
小さな天使の大きな愛だけだ。




