Chapter 001_ボーイミーツガール
「…」
昼過ぎ…
まだ日の高い、”昼間”と言っていい時間
『ぐきゅるるるぅ〜…』
ひとりの少年…青年と呼ぶには些か若い…が街の中央広場で途方にくれて佇んでいた。
背中には大きなリュック
腰には祖父の形見でもある古びた剣
ギルドの前という場所柄、
誰の瞳にも彼は卵から孵ったばかりのひな鳥に見えた…
『ジューッ…』
と、音を立てて肉汁を滴らせる
美味しそうな串焼き肉の屋台を凝視していた少年の側から
「…おにぃ〜さんっ」
ふと、
夏の日差しがよく似合う
ヒマワリ色の声がした
「ごくっ…」
…しかし、少年の瞳は甘辛そうな粘度のあるタレで
メイクアップされる肉に釘づけとなっていた。
彼の視線に気付いているのか、いないのか…
芝居がかった手つきでスタイリッシュにハケを動かす
妙齢の女将(の手元)に心奪われた少年は、その一挙手一投足を
見逃すまいと、いまだかつて無いほど集中していた
「おにーさんっ、ってばぁ!」
2度目の声掛けは70dBの音量と
視界の隅に『ヒョンッ』と流れたサラサラの髪を伴った
「…うおっ!?」
さすがに、今回は気づき、
半歩後退った少年が
水晶体を調整するより速く
「やぁ〜っと、気付いてくれたっ!」
同じだけ近づき
コチラを見上げる…
「ねーねー、おに〜さんっ!お宿、まだでしょ?早く決めないと、どこも埋まっちゃうよぉ〜!?…ね!今ならお昼ご飯も付けてあげるから…宿屋に来ない!?ね?ね!安くしたからさぁ…さぁさぁさぁ!!」
…セミ達と共に夏を賑わす
サラサラの…色素の薄いブロンド…亜麻色?…のショートカットに
夏より青い瞳を輝かせる可愛らしい女の子…
「…来る?来るよね!?来てくれるよね!!…今日のお昼はボリューム満点のサンドウィッチだよ…今朝の残りだけど…フ、フレッシュサラダも付けるからさ!”涼し〜くて、落ち着〜く屋内”で優雅なランチにしようよ!ね!ね!ねぇーっ!!」
「…」
唖然としている少年のよれた袖を掴み
軽く引っ張りながら…
「むぐぐぐ…お、おにいさん。なかなか商売上手だねぇ…。それなら…そ、そうだ!お水!!…冷たいお水も付けちゃう!!ミーリアちゃん自ら唱えた、ヒヤヒヤのお〜いしぃお水も付けちゃう!コレでどーだ!!出魔力大サービスだなも!?」
「…」
どう答えるべきか…と、
悩んでいた少年だったけれど…
「…いい?いいよね!?」
逃すまいと急く少女は、腕と足に力を込めて…
「沈黙は…受領だよねっ!?」
そ、それは謝罪した時のコト(※リブラリアでは、謝罪した時に相手が「沈黙」すると「許してくれた」という意味になる。)だろう!?
「ちょっ!?」
そうツッコもうとした少年だったが!?
「筆に後れを取るなフラ→!!」
ソレより速く少女は動いた!
合戦の掛け声と共に駆け出した少女の…
「うわあぁっ!?!?」
魔纏術…魔力による身体強化…をした小さな手による大きな膂力で
引っ張られた少年は無様な声を上げて…
「コッチ、こっちぃ〜!!」
「ちょおぉ〜!?」
…通りの向こうへ
引き摺られるように駆けて行ったのだった…
「…ちぇ〜っ、」
…あとに残された串焼き屋の女将の舌打ちも
ささやかな出逢いも
広場の雑踏も
セミの合唱さえ、
歴史に綴られぬ些細な出来事となり
泡沫に消えていった…
………
……
…
「召し上がぁ〜あれぇ〜!」
エディアラ王国南西部にあるノワイエ領ルボワ市は
おそらくリブラリアで最も有名な冒険者の街である。
街の郊外にある低級ダンジョン【ルボワの森】は
生態系が安定しているためリスク管理しやすいうえ、
そこそこ価値のある魔物が多いから稼ぎも悪くない。
経験の浅い冒険者にはピッタリのダンジョンで、
それゆえ多くの新人冒険者が訪れる。
沢山の物語の舞台となった聖地であり、
かの有名な【夜の魔女】の出身地でもある。
「…い、いただき。ます…」
毎年、春先には住民の倍近い若者が集結して
宿泊施設がキャパオーバーとなり。あぶれた者が
広場やギルドで野宿するのが風物詩にさえ、なっている。
しかし、今は夏…それも【星月夜祭り】が”思い出”となった晩夏だ。
お祭り騒ぎも鎮まり
稼働率が80%を切る宿もチラホラ出始める。
日が傾けば残り少ない客を巡って集客合戦が始まる
…そんな季節
「ん!…あ、お代わり欲しかったら言ってね!オカズは無いけど…バケットと。喫茶メニューなら出せるよ!うちのドルチェは王都でも…と、いうか。大陸中で…人気のパティシエが手掛けたものだから大人気なんだよ!こーんな田舎で本場パド大陸産のショコラを食べられるのなんて、うちだけなんだからねっ!」
少年が半ば強引に連れてこられたのは
界隈では知らぬ者のいない街を代表する名宿だった。
いつも満室だが、この日はたまたま
ソロの常連さんが明け方、森の入り口で”紐を結わえた姿”で
発見されて部屋が空いてしまった。
10日分の宿代を先払いされていたので赤字ではないのだが…
…母親譲りの合理主義者である小さな魔女は
ギルドの前で油断して口を開けていた少年に
狙いを定めて連れ去った…と、いうワケである。
まさに外道。
『モグッ…もっ…』
その一方で、
少年は罪悪感に見舞われていた。
言い出せなかったコト。
サンドウィッチ(と、いうか。コレはバケットサンド
なのでは…?)に、手を伸ばしてしまったコト…
「んふふふー!おいしーでしょぉ〜!?…おねーちゃんのハムサラダは”物語いち”なんだぞ!そんなハムサラダをバケットに挟んじゃおうなんて…あぁっ!ミーリアちゃんってば天才ジャマイカ!?自分の才能がおそロシアぁ〜!!」
妙な言葉を吹き出す少女…ミーリアというらしい…の横で
サンドの最後の一切れを飲み込んだ少年は…
「…う?ゴチソさま?」
「…」
少女のその言葉に
小さく頷き…
「…それじゃあ、この…」
…ずっと、彼女が抱えていた…けれど、見えない
フリをしていた…辞書のように大きな…
「…帳簿にさ!」
次の瞬間!?
「ごめんなさい!!」
立ち上がり、跪き
頭を床に着けた!?
「…え?え?えっ!?なにやって…」
ミーリアが少年の行動に驚き声を上げると
少年もまたミーリアの声に反応し…
「お金持ってないです!!ごめんなさい!!!」
…罪を告げた。
「………え?」