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なろうラジオ大賞6

卒業を卒業した者

作者: 壊れた靴

 近所の学校で卒業式が行われる日であることを思い出した。私の子供たちはまだ卒業生ではないため、気にも留めていなかったが、散歩の途中、式に出席するらしい人たちを見かけたためだ。

 卒業と言えば、高校三年の時分に同級だった、何某君は元気でいるだろうか。

 さほど懇意にしていたわけでもないが、彼はある日の昼休み、受験勉強に勤しむ生徒に満たされた教室で、「俺は卒業を卒業する!」と高らかに宣言したのだ。それから彼を見ることはなかった。

 卒業を卒業するとは、体制への反逆を表す中々に洒落た言い回しではないか、更には即時実行するとは大した人物だ、と当時は感心したものだが、後日人伝に聞いたところによると、何のことはない、素行不良だか学業不振だかで退学を選んだだけということだった。

 そんなことを思い出していると、前から歩いてきた男と危うくぶつかりそうになってしまった。

 会釈して横を抜けようとすると、男は「ちょっと」と私を呼び止めた。

 男は私にも分かるほど良い身なりをしていたが、覚えのある人相ではなかった。詐欺師の類に違いない、関わらぬのが身のためだ、と再度会釈をし、歩を進めようとする。

「待てって。高校で同級生だったろ?」

 そう言われて、改めて彼の顔をまじまじと眺める。

 なんと、卒業を卒業した彼ではないか。

「ちょうど君のことを考えていたところだ」

 言ってから気付いたが、まるで想い人への台詞ではないか。事実ではあるが、驚きのあまり妙なことを口走ってしまったものだ。

 彼も一瞬驚いた様子を見せたが、すぐに「卒業の季節だからな」と笑った。件の宣言が印象に残っているのだな、という考えに至ったのだろう。

 その通りではあるのだが、それは君、自意識過剰と言うものではないかな、という思いもあり、素直に肯定しづらい。かと言って否定すれば、いよいよ何の脈絡もなく彼を思っていたことになってしまう。

 結局、私はそれについては何も言わず、「今日は子供の卒業式で?」と至って無難な質問をすることにした。

 彼は「長男がな」と破顔した。

「それはそれは」と愛想笑いを返す。

「俺は苦労したけど、子供にはそうなってもらいたくないもんだな」

 そう苦笑した彼は「そろそろ行かないと」と、私に名刺を渡すと小走りに去っていった。

 名刺には、彼が代表取締役社長であることが記されていた。

 私は、彼が卒業を宣言した時に感じたことも強ち間違っていなかったな、と晴れやかに思うのであった。

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