5.月輝祭
月輝祭はレスリックでも隣国ザイドラでも同様に行われる。姫に月光のヴェールが渡せないことを、ルバルトはそれほど気にしなかった。
実物のアライア姫は想像以上に美しいが、求婚者たちに囲まれる姿に気持ちがすっと冷めた。
ルシアの王子は紅玉のチョーカーを持参したという。ルバルトの心をとらえたレターセットやインクは、あのうちの誰かから贈られた物かもしれない。
思えば求婚騒ぎで楽しかったのは、魔女の家を訪ねてサムや子どもたちと出会ったことだ。
(山から下りぬのであれば、春まで会いには行けないが……仲良くなりたいってのは変かな?)
優しい甘さのとろりとした薬草茶はあそこでしか飲めない。
黒髪のサムは子どもたちに優しい声で語りかけても、ルバルトにはにこりともしないが。
そこへ小さな子どもに挟まれ、仲良く左右の手を繋いだギルが、困った顔でやってきた。
「なんだギル、そうしていると子持ちみたいだぞ」
「陛下のせいですよ」
「俺の?」
恨めしげな従者が連れている子どもたちに、ルバルトは目を丸くした。
「パブロ、ジーナ!」
月輝祭に合わせ銀糸で刺繍したおそろいのベストを着て、二人はルバルトに包みを差しだす。
「王様、忘れ物を届けにきたよ」
「違うわよパブロ、お届け物よ」
ジーナが注意し、パブロは慌てて言い直す。
「そうそう、お届け物。受け取りのサインはえっと……ここだ!」
「私たちサムの代わりに届けにきたの!」
だがそこに記された差出人の名に、ルバルトの目は釘づけになった。
「……サマンサ?」
サムが目を開けるとそこには魔女がいた。
「ようやくお目覚めかい、サマンサ」
意識がはっきりしたサムはガバリと起きあがる。魔女に申し開きをしなければ。だが魔女は全てお見通しだった。
「お人好しにも程があるね。男が他の女に贈るヴェールを編んでやったって?見習いとはいえ魔女失格だよ」
まさしくその通りで、サムはうつむくしかない。しかもノドが激烈に痛い。声も出せず落ちこむサムを魔女は鼻で笑う。
「ふふん、情の強さが魔女らしいっちゃらしいけど。色恋には興味すら示さなかったサムがねぇ」
美しい装丁の童話をパラパラとめくり、魔女は残酷な宣言をした。
「お前は言いつけを破り勝手に編み棒を持ち出し、編んだ月光のヴェールを人にやった。魔女になることは認めない。月輝祭で十六になるお前はここを出ておいき」
はらはらと涙をこぼしながらサムはうなずく。魔女の跡を継ぎ湖を守るために薬草や医療、さまざまな知識を身につけた。そのすべてがムダになった。
分かってやったのは自分だから、パブロとジーナに別れを告げなければ。けれど小屋を見回しても二人の姿はどこにもない。
「あの子たちは使いに出した。お前は預け主に返すがその前に、自分のしでかしたことの結末を見届けな、それが罰だよ」
青ざめるヒマもなかった。月が一年で一番大きく輝く月輝祭、ナーロッシュの魔女の力は最も強くなる。
次の瞬間、サムは魔女と城の大広間にはだしで立っていた。灯された無数の燭台に煌びやかなドレス、大きなテーブルにずらりと並べられたご馳走……初めて見る光景に目をみはる。
そこではルバルトが月光のヴェールを広げていた。女神のように美しい女性が鈴を転がすような軽やかな声で彼に話しかける。
「まぁ!これが月光のヴェール……なんて美しいのかしら!」
月光のように澄んだ光を放ち、輝くヴェールを姫君はうっとりと見つめている。
魔術が効いているのか、広間に突然現れた魔女とサムを気にかける者はない。サムは夜着ひとつの姿で、ぎゅっと唇をかみしめた。
見たくない。
姫の手がヴェールへと伸ばされる。
けれど見届けるのがサムに与えられた罰。
ルバルトは銀糸で月と星の刺繍がほどこされた月輝祭の正装で、王族らしい威厳と華やかさだ。これなら求婚を断られないだろう。見惚れると同時に胸がじくじくと痛む。
イヤだこんな感覚、だがこれが罰なのだ。覚悟を決めたその時に、ルバルトの声が広間に響いた。
「このヴェールの持ち主は別にいる」
ヴェールに伸ばしかけた手を止め、アライア姫は信じられない、というように目を見開いた。
「私への求婚はウソでしたの?」
「ウソではない。私は姫の求めに応じてナーロッシュの魔女を探し、ヴェールを編んでくれと頼もうとした。だが魔女には会えず、私は手ぶらでここにやってきた。だから姫に求婚する資格はない」
「ではそのヴェールはいったいどなたのだと?」
アライア姫がまばたきをする。
「二日かけて魔女をたずねた私を薬草茶でもてなし、ケガをした従者の手当てをしてくれた者がいる。私の戯言にもつき合い、贈り物も受けとってくれた。このヴェールを用意したのも……だからこれはサマンサのものだ!」
「その言葉……確かにナーロッシュの魔女が聞いたよ。間違いはないね、レスリックの王!」
魔女の割れるような声が響き、大広間にいた全員がサムたちに気がついた。ルバルトまでもが目を丸くする。
「サム⁉」
薄い夜着ひとつの姿で身を震わせる彼女に駆け寄り、ルバルトは光り輝くヴェールでその身を包むと、折れそうに細い体をしっかりと抱きしめた。
「サム……サマンサ、従者になどと言ってすまない。きっと城の者たちはきみを好きになると思ったんだ。このヴェールはきみの物だ!」
涙の跡があるサマンサのほほに触れ、ルバルトはすまなさそうに眉を下げた。
「ジーナとパブロから命がけでヴェールを編みあげ、君が倒れたと聞いた。急ぎレスリックに帰ろうと、いとまごいの挨拶をしていた。ヴェールよりも何よりも、君が生きている方が大事だ」
サマンサは訳が分からない。ぎゅうぎゅうと抱きしめてくるルバルトがいつもより近すぎて、頭が沸騰しそうだ。
魔女はふん、と鼻を鳴らすとザイドラ国王に吠える。
「ザイドラの王、預かり子を返すよ」
「預かり子だと……まさかザックの娘か?」
輝くヴェールに包まれて震える娘は、彼の弟ザックの面影がある。両親を失い魔術の素養があるからと魔女に預けられた。アライア姫はサマンサを振り返った。
「あなたは私の従妹ということ?」
「知ら……ない」
何も知らないサマンサはかぶりを振るしかない。
「サム!」
「王様がサムにプロポーズした!」
はしゃぐ声に聞き覚えがある。なんとジーナとパブロがおめかしをして、ギルと手をつなぎ彼女に手を振っている。
何もかもお見通しの魔女は、知っていて彼女をここに連れてきたのか。
サマンサをすぐに連れ帰ろうとしたルバルトは、結局アライア姫に止められた。
「このままこの子をお嫁にだす訳にはいきません。まずは保養地で磨きをかけましょう。いい温泉があるのよ」
少し落ち着いたサマンサは、輝くばかりに美しい姫君にそっとたずねた。
「あの……」
「なあに?」
「手紙の書き方、教えてくれる?」
そのひと言にアライア姫は花がほころぶように笑った。
「あら、私のコレクションも役に立ったのかしら。可愛い従妹ができてうれしいわ。いいわよ、いっしょに便箋を選びましょうね」
それならルバルトが喜ぶ手紙が書ける。
サマンサはこくりとうなずいた。
お読みいただきありがとうございました!
真面目なのに恋愛にはポンコツな男女を書くのが好きです。
サマンサはアライアやザイドラ王に可愛がられ、ルバルトは1年後の月輝祭で改めて必死にプロポーズします。
【触れなかった設定】
編み棒はサムの母ルナベルも使いました。
ナーロッシュの魔女は一応おばあちゃんかな?血の繋がりはないかもしれません。