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月光のヴェール  作者: 粉雪@『魔術師の杖』11月1日コミカライズ開始!


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4/5

4.月から紡いだ糸を編む

 シェーダと呼ばれる寒風が吹くと、植物たちはみな枯れて大地に還る。作物のなくなった畑は冷たい風の領域となる。


 夜空には先日よりも太くなった月が光を増し、月輝祭が刻々と近づく。約束通りルバルトはふたたび魔女の家を訪れた。


「魔女はまだ戻らない」


 不愛想なサムに彼は明るく笑う。


「いいんだ、君たちに会いに来たんだから」


「私たちに⁉️」


 サムの後ろからジーナが顔をのぞかせて、緑の瞳を輝かせた。


「こらジーナ!」


「あぁ、そうだ。君たちへの贈り物を持ってきた」


「僕の分もある?」


「もちろん。パブロには新しい弓、ジーナにはナイフ。そしてサムには本だ」


「わぁ!」


「すごい、刃がピカピカ!」


 子どもたちはすぐに夢中になり、サムは異国の童話を押しつけられた。


「見たらここには魔術書しかないようだ。冬の間退屈だろう、君が二人に読んでやるといい」


 きれいな挿絵の童話はルバルトが隊商から手に入れた。お城の図書室で姫君が読むようなぜいたくな装丁だ。サムはこんな美しい本を今までに見たことがない。


「綺麗……」


「気にいったか?」


 つかのま本に見入り、我に返ったサムは屈託なく笑うルバルトをにらんだ。


「これは姫君にやった方がいい。きっと贈り物にふさわしい」


「アライア姫に?考えもしなかったな。それに彼女がほしがったのは月光のヴェールだ。月輝祭が終わったら春まで城に来ないか、従者の件も考えてほしい」


 サムは硬い表情で首を横に振った。


「ここの暮らしは快適だ。それと従者にはならない」


「残念だなぁ」


 心底惜しそうなルバルトにサムは目を合わせない。


「会ったこともないくせに。姫君が本当は鼻も眉毛もひん曲がってたらどうする」


「どうもしない。こんな手紙を寄越すぐらいだ、きっと機転が効いて話しても面白いさ。何より俺が今まで会ったこともない女性だ」


「手紙ぐらいでバカだろ」


 怒ったように呟くサムに、ルバルトは苦笑して首をすくめ、ひらりとラバにまたがった。


「ちがいない。月輝祭には手ぶらで行って振られてくるさ」





 子どもたちはルバルトを見送り、サムは小屋から出ずに本を抱えたまま動かなかった。


「月光のヴェール……」


 あんなヤツ、振られて帰ってくればいい。


 ヴェールは花嫁を幸せにする力を持つ。けれどそれは花嫁が自分で願いをこめて編むからだ。


 それを欲しがる姫君もどうかしてるが、会ったこともない姫のため、手にいれようとする男もたいがいだ。


「似たもの同士、よろしくやればいいさ」


 扉を小さく叩く音がして、ジーナがひょっこり顔をのぞかせた。


「サム、王様帰っちゃったよ」


 パブロも弓を持ちあげてみせる。


「王様、次はいつ来るかな。弓をちょっとだけ教えてくれたんだ」


「もう来ないよ。それより王様にもらった本を読んであげる」


 サムが本を見せると、二人はパッと顔を輝かせた。





 子どもたちが寝静まった晩、サムは魔女の戸棚を開け、長くて細い棒を二本取りだす。


 扉を開けて外に出れば、吹き荒ぶシェーダがサムの小さな体を飛ばしそうになる。


 エルド山から突きだすようにそびえる岩場にある魔女の家からは、月を映すユーリカ湖と城下町がよく見えた。


 白壁と青い屋根のベルニ城には明かりが灯り、ルバルトがそこにいると思うと胸が騒ぐ。


 ここに魔女はいないけれど。()()()()()の自分ならいる。


 ユーリカ湖の水源たるエルドの霊水を桶に汲み、サムはひざまずく。水に映した月へ編み棒をさして呪文を唱えれば、月光が輝く細い糸へと紡がれる。


 糸が切れることのないように、慎重に指を動かす。スルスルと紡げる糸は朝になれば、沈む月とともに消えてしまう。ヴェールにするには夜通し編まねばならない。


 吹き荒ぶ風で体はどんどん冷え切り、髪だけでなく全身がしっとりと露に濡れた。


「なんでこんなことしてるんだろう」


 本をもらったから?


 子どもたちが懐いたから?


 ほめられたのがうれしかったから?


「顔も知らない姫君に贈るって、知っているのに」


 月光を溶かしたような、ヴェールよりも美しい銀髪をなびかせ、屈託なく笑う男。


 ホッとしたように笑うところも照れくさそうに頭をかくところも、日差しを浴びて輝くユーリカ湖より眩しかった。


 でもずっと他の女に求婚する話をしていた。


「従者になれ、だって」


 サムは自嘲気味につぶやく。動きやすいとはいえ少年にしか見えない格好だったことを、少しだけ後悔する。


 指がかじかむが、体が冷え切る前にヴェールを編み終えなければ。


「編んだって幸せになれないと、知っているのに」


 それでも彼女は自分の手を止めず、必死に指を動かした。


『ヴェールがあれば、少なくとも顔を見る口実にはなるし、話ぐらいできるだろう』


「チャンスをやるだけだ。アイツにチャンスを……」


 なんとか夜明けまでに編み終えると、明るい月の光を紡いだヴェールは、暁に照らされて冴え冴えと輝いた。彼女の体はすっかりと冷え切り、そのまま崩れ落ちるように倒れこんだ。

次回、『月輝際』で完結です。

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