3.預かり子のサム
「子どもたちは客人が珍しくて人懐っこい。礼儀知らずな所もあるが許してほしい」
そう言ってサムはギルのブーツを脱がせ、骨の様子を調べてから薬を塗り、足首にきっちりと包帯を巻いた。
礼儀知らずどころか子どもたちは賢そうだし、きちんと世話もされているように見える。
それは年長であるサムも同じで、ルバルトはギルを治療する手つきを感心して見守った。
「骨に異常はない。腫れがひいたら歩けるだろう」
「ありがとうございます」
道具を片づけてサムが立ちあがると、ジーナがポットと木のカップを載せたお盆を手に小屋からでてきた。
「おまたせしました。サムの分もあるわよ!」
隊商が運ぶ茶葉ではないが、数種のハーブを使った薬草茶らしい。リラックスする香りの湯はとろりとしてほのかに甘い。ルバルトはひと口飲んで目をみはる。
「これはうまい!」
「体を温めるユリカズラの根を使った」
サムは簡単に言うがユリカズラの根は、大人の腰の深さまで掘らなければ採れない。だが砂糖も手にはいらない山間の暮らしで、この甘味は子どもたちが喜ぶだろう。ルバルトはサムに興味が湧いた。
「君も預かり子なんだろう、迎えがこなければどうなる」
「十六になれば独立する決まりだ。その時になったら考える」
「俺の所にきたらどうだ。君ならよく気がつきそうだし、薬草の知識や手当の心得もある。きちんと考えてから話す所も気にいった」
「え?」
とまどうように顔を赤くしたサムは、不愛想だが可愛い顔をしている。城でもきっと人気が出るだろう。いい考えだと思ったルバルトは、うんうんとうなずいた。
「ギル以外の従者もほしかったんだ。返事は魔女が戻ってからでいい、考えてくれないか」
「従者……」
サムがぼうぜんと呟き、横で聞いていたギルは情けない声をだした。
「それじゃ私はお払い箱ですか」
「そうじゃない、姫はサムみたいな子がいたら喜ぶんじゃないか?俺たちはどちらかというと、うっそうとした山男だし」
そこまで言ってルバルトは、本来の用件を思いだした。
「そうだ、姫だ。俺がここまで魔女に会いに来たのは」
「姫?」
首をかしげたサムに、ルバルトは簡単に説明した。
「隣国の姫君に求婚したい。そのために月光のヴェールが必要なんだ」
「きゅうこんって?」
ラバを連れて戻ってきたパブロが口を挟む。サムが黙っているとジーナが澄まして答えた。
「プロポーズよ。お姫様とけっこんするの。ねぇ、お姫様ってどんな人?」
「知らん。会ったこともない。だが手紙をもらった」
ジーナの問いにルバルトが答えると、パブロが目をぱちくりした。
「王様、会ったこともないお姫様にプロポーズするの?」
「ああ、そうだ」
「なぜ月光のヴェールが必要に?」
不審そうにたずねるサムに、ルバルトは懐にしまっていた手紙を差しだす。
「この手紙に書いてある」
「見てもいいのか?」
「たいした内容じゃない、かまわないさ」
アーリャの押し花を漉きこんだ美しい封筒と便箋にサムも目をみはり、慎重に手紙を開いて文面に目を通し……二、三度くり返し読んでからようやく顔をあげた。
「これ、あなたフラれているよね」
「サムは字も読めるのか。魔女の教育はすばらしいな」
肝心なことを気にしていないルバルトに、サムは指摘した。
「いや、そうじゃなくて。『月輝祭までに月光を編んだヴェールを持ってこい』なんて無茶ぶり、ていのいい断り文句では?」
「ああ。だがヴェールがあれば顔を見る口実にはなるし、話もできるだろう。それに気位の高い姫君が月光のヴェールを目にしたら、どんな顔をするか気になるじゃないか」
サムはますます分からない、という顔をした。
「ええと……あなたが姫君に会いたいのはきれいな便箋だったから?紫露草の美しい藍色をしたインクだから?それとも封筒からいい香りがしたから?」
「ぜんぶだ。月の魔術を使う魔女ならば、ヴェールを編むこともできるだろう。魔女はいつ戻る?」
「魔女が戻るのは月の力が満ちる月輝祭ギリギリだ。とても間に合わない」
サムは困って答えても、ルバルトはさして残念がるでもなくうなずいた。
「そうか、月輝祭の前に改めて訪ねることにしよう」
「戻ったとしてもヴェールは渡せないよ」
「かまわないさ。君たちにまた会いたいし、ギルを手当てしてくれた礼がしたい」
朗らかに言うとルバルトは約束通り、ジーナをラバに乗せてひと回りしてから、足に包帯を巻いたギルといっしょに帰っていった。