2.魔女の小屋
【登場人物】
ルバルト・レスリック 王様
ギル 従者
サム、ジーナ、パブロ 魔女の預かり子
城壁をでてエルド山の道を、ラバの背に揺られのんびり進む。道は隊商により踏み固められているが、魔女の家は途中で道を外れて森を抜けた岩場にある。
ラバでも二日かかり森で野宿した。ルバルトはギルと火を囲んで干した鹿肉をかじり、持参した酒でのどを潤す。月輝祭まではまだ二十日以上あり、空には糸のように細い三日月がかかる。
「なぜ魔女は人里離れた所に住むのかな。力を借りたい者は大勢いるだろうに」
「それが煩わしいのでは?」
街の市場で見かけたナーロッシュの魔女は、黒髪の少年を連れ杖にすがるようにして歩いていた。
「だが子どもたちもいるのだ。住まいを用意し冬の間だけでも城へ呼ぼうか」
口にだしてみればいい考えに思えた。森を知り薬草にも詳しい魔女が城にいるのは何かと心強い。
翌朝ふたりが目を覚ますと山は霧に包まれ、視界に映る物は何もない。見回しても樹々の影すらおぼろだ。
「霧が晴れるまでヘタに動けないな。魔女のめくらましか?」
「ひぃ、ひき返しますか?」
話をしていても髪がしっとりと濡れてくる。ルバルトが前髪から露をはらえば、湿った冷たい風にラバがぶるると身を震わせた。
「ひき返すより魔女の家に向かう方が早い。日が昇りきれば霧も晴れるだろう」
だが森を抜けたところで、ギルが濡れた岩で足を滑らせた。ケガは軽いが歩けない。ルバルトは自分のラバに二人分の荷物を積み、もう一頭にはギルを乗せた。
「治療を頼むついでに、月光のヴェールについて聞こう」
ようやく昼すぎに魔女の小屋にたどり着き、ホッとすると小さな女の子と男の子が、岩の上からヒョコっと顔をだす。ルバルトと目が合うとまた引っこみ、まるで野生のリスかウサギだ。
「サム、おっきな男の人がふたり!」
「ラバといっしょだよ!」
甲高い声が走っていき、澄んだ声がそれに応える。
「二人とも家におはいり」
やがて黒髪の少年が姿を現した。十三、四ぐらいか、澄んだ水色の瞳はユーリカ湖の湖面を思わせる。
警戒するように目を細めた少年は、伸びかけた黒髪を頭の後ろで一本に髪ヒモで束ねていた。
「魔女は留守だ。何の用だ」
ルバルトは少年へ親しげに呼びかけた。
「市場で魔女といっしょにいた少年だな、サムというのか。俺はルバルト、レスリックの国王だ。魔女が留守ならば伝言を頼む。ギルの手当てもしたい」
サムはギルを見てからルバルトをじろりとにらむ。だが治療は必要だと判断したらしい。
「こちらへ」
すると閉ざされていた小屋の窓から、またヒョコっと小さな頭がふたつのぞいた。子どもたちは七歳ぐらいで、そろいのベストを着ている。
「お客様?」
「あやしい人?」
「レスリックの王様と従者の方だよ。パブロ、ラバに水を。ジーナ、手当の道具を持ってきて」
安心させるようにサムが子どもたちに話しかける声はやわらかい。二人ははしゃいだ声をあげた。
「王様だって!」
「サムを迎えにきたの?」
「ちがう!」
頬をさっと朱に染め、サムはあせったように言い返す。迎えが来るというからにはサムも預かり子のひとりなのか。
「いいや、魔女に相談があってね。そうしたらギルが足を滑らせてケガをした」
ルバルトの説明に髪をおさげにしたジーナがくすくす笑う。
「大人はケガをしやすいの。体が大きくて重いから」
「僕らならへっちゃらだけどね!」
つばつきの帽子をかぶったパブロが小屋から飛びだし、ギルが座れる椅子を持ってくると、ラバの手綱をひったくるようにして預かった。
二人のスカートやズボンには、大きなポケットがついている。
「このラバ、名前は何?」
「ゴーシュにネロだ」
ルバルトが教えてやると、手綱を握ったパブロは偉そうに二頭のラバに話しかけた。
「ゴーシュ、ネロおいで。おいしい水に干し草があるよ!」
手当の道具が入った箱を持つジーナはそれを見て、うらやましそうな顔をした。
「ねぇ、私も後でラバに触っていい?」
「いいとも。少しだけなら乗せてやろうか」
「ホント?」
顔がパアッと明るくなったジーナにサムが告げる。
「ジーナ、お客様にお茶を用意して」
「はーい!」
スキップで駆けていくジーナを見送って、ルバルトは頭の後ろをポリポリとかいた。
「大歓迎だな」
年老いた魔女をたずねたつもりが、子どもたちに囲まれるとは。
「王様は女性にはからっきしだが、子どもや老人にはモテますからねぇ」
「ほっとけ」
あいにく魔女は留守でした。