1.森と湖の国レスリック
1万字以内で完結。
武 頼庵(藤谷 K介)様主催、2023年秋企画『月のお話し企画』参加作品です。
【登場人物】
ルバルト・レスリック 王様
ピカード宰相
アライア姫 隣国の姫
ナーロッシュの魔女
サム 魔女の預かり子
冬は雪に閉ざされる険しいエルド山脈のふもとに、深い森に囲まれた小さな国レスリックがある。
エルドの霊水をたたえるユーリカ湖、そのほとりにある首都ベルニは、山脈越えの隊商が立ち寄る風光明媚な保養地としても人気だ。
白壁に青い屋根のベルニ城が冴え冴えとした月に照らされ、鏡のような湖面にくっきりと映る夜はひときわ幻想的だ。
城下町の酒場では今宵も誰かが、お目当ての娘の気をひこうと楽隊にコインを投げる。前もって打ち合わせたなど素知らぬ振りで、楽師はもったいぶって若者に聞いた。
「リクエストは?」
コインを投げた若者はそれほど酒を飲まないのに、真っ赤な顔で大げさに亜麻色の髪をした娘を指した。
「〝月光のヴェール〟を彼女に」
ワッとあがる歓声、突然主役になった娘は目を見開き、口元を両手で押さえ若者を見あげる。
楽隊の奏でる物悲しい旋律に合わせ吟遊詩人は歌う。
季節は秋、月が一年で一番大きく輝くという月輝祭、そこで起こった信じられない出来事を。
月光の国と呼ばれるレスリックの王ルバルトはまだ若く、お妃様がいなかった。
がっちりした体格で健康そのもの、王族に多い銀髪で瞳は母譲りの明るい青で、精悍でりりしい顔立ちだが、笑うと甘やかな色香もある。
昨年、父王が急な病で倒れ、幸い回復したものの、すっかり気力を失った父から王位を譲られたばかり。
深い森と湖に囲まれた首都ベルニは、交易のために立ち寄る隊商も少なく、平和だがそれほど豊かではない。
王といえどのんびりできる訳もなく、国境の見回りや森での狩り……ルバルトがようやくひと息ついたのは秋だった。
恋の季節は春から夏、すでに森での採集も終わり、出会いのチャンスはない。エルド山脈が雪をかぶれば隊商も来ない。城門を閉ざし、城下町ごと冬ごもりする。
だが従者のギルと狩りにでかける彼を捕まえ、宰相のピカードはしつこく粘った。
「王よ、どうかお妃様を迎えられてください。せめて月輝祭までにはご婚約を」
「分かってる。だが鹿をあと二頭は捕りたいんだ」
「お妃候補は国外にもおられます。隣国のアライア姫はたいそう美しく、年のころもちょうどいいかと。ぜひ文を書き贈りものをなされませ」
それでルバルトもその気になり、狩りでとらえた鹿の皮をなめして、アライア姫に求婚の文とともに贈った。
返事が届いたのは月輝祭のひと月前、アーリャの押し花を漉きこんだ美しい紙に、紫露草から作った藍色のインクで流麗な文章がつづられている。
『レスリックには月光を編んだヴェールがあるとか……私を花嫁にとお望みならば、ぜひそれを月輝祭にお持ちくださいませ』
いい香りまでする紙に美しい発色のインクでしたためられているが、ていのいい断り文句だ。だが逆に、ルバルトは感心した。
「いい香りがする紙だな。がぜん興味が湧いたぞ。ピカード、姫のいう月光を編んだヴェールとは何だ」
「月といえばおそらく……ナーロッシュの魔女でございましょう」
「エルド山に住み湖を守る魔女か」
魔女は山腹にある粗末な小屋でひっそりと暮らす。山は生きる術を知る者には豊かな恵みをもたらす。ルバルトも子どもの頃から何日も森で過ごした。
飢える者がいないレスリックにも、親を亡くした子や迷い子、親に捨てられた子は存在する。
魔女は預かり子たちと暮らし、たまに山から街に降りて薬草を売り、必要な品を買って帰る。
「ナーロッシュの魔女は気難しいと聞く。いきなり行ったら気を悪くするかな」
さして乗り気でなかったくせに、求婚するならば絶対に成功させたい。
「魔女を訪ねる人間はみな、困りごとを抱えて突然やってきます。向こうも慣れたものですよ」
従者のギルは気楽にそう答えるが、念のため街で岩塩や香辛料に蜂蜜、ついでにブドウ酒なども用意させ、ラバの背にくくりつけた。
「では宰相、あとは頼む。父上もよろしくお願いします」
「ああ」
病みあがりの父は痩せて、ひと回り小さくなった。
(なるべく早く妻を迎えるべきかもしれぬ)
ルバルトは初めてそう思った。






