ジェラルディンの覚悟
ジェラルディンは、侍従から書類を受け取っていた。
今までついていた侍従の一人のオーデンは、昨日異動になった。
オーデンは、ジェラルディンの公私ともに使用人を取りまとめ、侍従というよりは家令にちかいものだった。
ヴィヴィアンヌと婚約したことで、王太子の侍従であったオーデンがジェラルディンに付くことになったのだ。
トラファルガー公爵家を重要視する王家の対応に苛立たしかったが、王に成る兄も公爵になる自分に気を使うのだろうと思うと、気持ちのいいものであった。
ジェラルディンは、書類を持つ手を止めた。
それは、父王からの書信であった。日付は昨日。
オーデンから新しい侍従に仕事が引き継がれ、慌ただしく多くの仕事が持ち越されていたのである。
『王太子ディアランとヴィヴィアンヌ・トラファルガー公爵令嬢の婚約が正式に整い、結婚式は半年後とする。
なお、公式発表は・・』
公式発表日は今日だ!
「どういうことだ!」
ジェラルディンは、書信を握りしめ転がるように部屋を飛び出した。向かうは、王の執務室。
バン!!
警備の近衛が止めるのを無視して、力任せに扉を押し開くと、部屋の扉を力任せに押し開くと、部屋中に大きな音が響く。
「どういうことですか?!」
走ってきて、肩で息をしているジェラルディンの目は血走っている。
「ヴィヴィアンヌは俺の婚約者でしょう!」
王は事務官を下げ、護衛の近衛を部屋に入れた。
「第二王子と公爵令嬢の婚約は、すでに解消されている。
だから、私がお前の気持ちを問うただろう?
お前は、王の意のままにと答えたではないか」
ジェラルディンだって覚えている。あれはヴィヴィアンヌが来た翌日の晩餐だった。
いつものように、自分が不利にならないように答えただけだ。
「ヴィヴィアンヌを無理やり婚約解消させたのか!」
トラファルガー公爵家が黙ってまい、とジェラルディンは意気揚々としているが、王の言葉はジェラルディンを打ちのめした。
「その公爵令嬢から婚約解消の申し出があったのだ。お前の態度に公爵家は以前から業を煮やしていたから、直ぐに手続きを申請してきた」
だから何度も公爵令嬢を大切に扱え、と言っただろう、という王の無言の言葉の続きが聞こえるようだ。
握りしめた拳が震える。
ジェラルディンは、その手に書信が握られたままなのに気がついた。それさえ忘れる程、気が動転していたのかと、頭が落ち着いてくる。
落ち着け、落ち着け、と自分に言い聞かす。
ヴィヴィアンヌが登城していないのに気がついていた。ノーラのことを優先させたのは自分だ。どうして登城しないかと、行動を出来たのにしなかったのだ。
もう手遅れだ。
オーデン、あいつか。
それに気がつくと、兄の魂胆が見えてくる。俺は、とんだ道化師だ。
「そんなに兄上が大事ですか?」
ジェラルディンは片手で顔を押さえ、はは、と笑いながら父である王を見た。
王が、事務官を下げ護衛を入れたという事は、ジェラルディンが王に無体を働く可能性があると考えての事だ。
ジェラルディンは、それもあって笑いが込み上げてくる。何かしでかしてもおかしくないほど、興奮しているように見えたのか。
「お前も、ディアランも、私にとっては大事な息子だ」
王の言葉に偽りはない。
「お前の態度は、トラファルガー令嬢を好いているように見えなかった」
王には、ジェラルディンはヴィヴィアンヌを好いていないが、トラファルガー公爵家をたてているように見えていた。トラファルガー公爵家は、第2王子には最高の結婚相手に間違いないのだから。
ジェラルディンは、ヴィヴィアンヌを取り戻す方法を考える。
手遅れでも、不可能ではない。
今は、油断させることだ。
兄上がしたように・・・・
「取り乱してしまい、申し訳ありません。
俺の婚約解消を知らなかったので」
俺の味方は父ではない、母だ。
あの化け物の兄を嫌っている母と、その実家であるフィレンンツ王国だ。
それに、兄の真の姿を知って耐えれる女はいないだろう。ヴィヴィアンヌもだ。兄を産んだ母でさえ、耐えれないのだから。
入って来た時とは反対に、ジェラルディンは静かに扉を開けて、王の執務室を出る。
王は黙ってジェラルディンの後ろ姿を見送っていたが、扉が閉まると、大きなため息をついた。