ヴィヴィアンヌの事情
ヴィヴィアンヌは花の香りと、慌ただしい足音で目が覚めた。
「お嬢様、おはようございます」
侍女のサリーは大きな花瓶をサイドテーブルに置いていたのだ。
「花束が届いています。こちらに活ければいいですか?」
サリーは両手で抱えるような花束を、ベッドに起き上がったヴィヴィアンヌに渡した。
ヴィヴィアンヌは花束を受け取ったが、状況が分からない。
大量のピンクの薔薇、それと垂れた花は馬酔木だろう、アルメリア、カーネーション、ピンクの花を縁取るのはカスミソウの白と大小の葉のグリーン。
「綺麗、それにいい匂い」
ヴィヴィアンヌは花束に頬寄せて、カードが隠れたように挿してあるのを見つけた。
『ディアラン・アステゴッド』
名前だけ書かれたカード。
「お嬢様、バラの数がすごいでしょ?さっき他の侍女と数えたんですが、99本ですよ」
ロマンチック、とサリーは興奮している。
女の子なら誰でも知っている、99本の薔薇の花ことば。『ずっと好きだった』『永遠の愛』。
今日、王太子殿下との婚約は公表されると聞いているから、気を使ってくれたのね。
ヴィヴィアンヌは、花束に顔を寄せて香りを楽しみ、王太子殿下の顔を思い出す。
王太子殿下はいい人よね。
政略結婚でも、お互いを思いやることは大事よ。
あれ、恋愛結婚より冷静に判断できて、よくない?
ヴィヴィアンヌは花束をもらって、王太子に対する評価をあげていた。単純であるが、ディアランの真意に気がついていない、ディアランが本気でヴィヴィアンヌを好きだとは想像も出来てない。
「サリー、お花は居間の方に飾って」
ヴィヴィアンヌは花束を持ったままベッドから出ると、寝室から出て居間に移動する。ヴィヴィアンヌの部屋は居間を中心に寝室とクローゼットの3部屋からなっている。
サリーが花瓶を持ってついて来るのを確認して、居間のソファに座る。
花瓶をコンソールに置くと、花束を受け取り花瓶に挿す。
形を整えると、薔薇を中心に馬酔木が垂れさがり豪華なのに、ピンクの花が中心なので可愛らしい。
「殿下はとてもセンスがおありね」
両手を頬にあてて喜ぶ姿は、もう元の婚約者のことはふっきれたように見える。
ヴィヴィアンヌには、ジェラルディンの事を考えている余裕がなくなったのだ。
それは・・・新しい婚約者のことではない。
「サリー、きついわ。このドレスもダメね」
着替えようとしても、この間着ていたドレスが入らなくなっているのだ。
自棄食いという暴飲暴食を3週間した結果である。
太るのは簡単だが、痩せるとなると簡単ではない。
元婚約者の事などどうでもいいのだ。
王太子の婚約者としてお披露目されるのに、丸くなった姿を人目にさらすのは屈辱である。
ヴィヴィアンヌのドレスはフルオーダーである。頭の先から足の先まで、細かく採寸されて作られたのだ。
もっとも美しく見えるように身体にあわせたドレスは、少しでも太れば着れない。
それが少しどころか、ぽっちゃりになっているのだ。
「ふん!」
サリーが背中のボタンを無理やり留めようとして、ボタンが弾け飛んだ。
「緑のドレスなら大丈夫ですよ、すぐにお持ちしますね」
サリーはあわてて、ボタンを拾うこともなく逃げ出した。
ボタンが弾け飛ぶという恥辱で放心状態になっているヴィヴィアンヌは、反応が出来ずに転げたボタンを見ていた。
花束をもらって天国だった気持ちが、地獄に叩き落とされたようである。
なんで婚約が決まって、すぐに公表となるのよ!
羞恥心は怒りに変わり、痩せる時間さえくれない父親と新しい婚約者にむかう。
「サリー、私は体がだるくって、体調悪いから休んでいようかしら」
「お嬢様、いくら太ったからって、朝は食べた方がいいですよ。
本当の病気になってしまいます」
緑のドレスを抱えて戻ってきたサリーは、シビアである。




