王太子と第2王子
第2王子というのは、大きく国政と関わることはない。
常に王太子の補助である。
臣籍降下が決まっているので、重要な職務に就くことはない。
すでに宰相や大臣はいるのだから、王子の職務は公務が中心となる。
それでも自分の才覚で、重職に就いた王子も過去にはいた。
ジェラルディンは自分の能力が劣っているとは思っていない。もし第一王子に生まれていたなら優秀な王太子になっている、と自分では思っている。
だが、自分の兄だけは桁違いなのだ。先祖返りと言われている黒髪、赤目。
幼児の時からいくつもの言語をあやつり、10才を過ぎる頃には騎士を打ちのめしていた。
そうなると、もう誰も比べもしない。
兄上は特別なのですから。
お前は普通だ、と叩きつけられているようだった。
三日と開けずに姿を見せていたヴィヴィアンヌを、しばらく見ていない。
侍従に確認すると、この2週間程、王宮に登城していないと言う。
病気かも知れない、見舞いに行くべきか。
「何か花束を用意してくれるか」
「今日は午後から出かけると聞いてますが、それまでに用意すればいいですか?」
侍従が確認してきて、午後から子爵令嬢のノーラと会う予定だったと、ジェラルディンは思い出した。
「いや、花束はいい」
結婚してトラファルガー公爵家にいけば、遊ぶのも難しくなるだろう。
ジェラルディンは、見舞いは今度にしてノーラに会いに行こうと決めた。
ヴィヴィアンヌは婚約者とはいえ常に使用人が側に居り、手を出すこともできない。手へのキスから進んでいない。
あんなに俺の事が好きなくせに、ガードが固すぎる。それが高位貴族令嬢なのだと納得もするのだが。
まぁ、そうだよな。俺に娘がいたとしたら、ヴィヴィアンヌのように育てるな。
ノーラは所詮遊びだ。結婚の話がでてきたから、そろそろノーラとは手をきるか。
ジェラルディンは、侍従が時間通りに用意した馬車に乗り込んだ。
「出かけたか」
ジェラルディンが子爵令嬢と密会に行った、と報告に来ているのは、先ほどまでジェラルディンの部屋にいた侍従である。
ジェラルディンの私室の使用人は、この侍従が牛耳っている。
「今が大事な時期だ。しばらくはジェラルディンがトラファルガー公爵家を気にすることがないよう誘導してくれ」
「かしこまりました」
頭を下げて礼をする侍従は、元々ディアランの侍従だったオーデンである。
代々王家に仕える使用人として、子供の頃からディアランと一緒だった。
それに、ディアランの側近の一人、レベック・ハーツ伯爵子息が幼馴染になる。
侍従候補、側近候補として多くの子供がディアランに与えられたが、文武共に尋常でない能力を有するディアランに耐えれたのが、この二人だけだった。
8年前、この二人はディアランに永久の忠誠を誓った。
「ああ、そうだ。花を贈ろうと思うのだが、どんなのがいいかな?」
頭を上げたオーデンにディアランが言うと、オーデンが笑った。
「貴方まで花ですか。令嬢の好まれる花を調べておきます」
オーデンはもう一度礼をすると、王太子の執務室を出て行く。
「オーデンも最近のお前には驚くばかりだな。
2年前にオーデンに、ジェラルディン殿下の元に行けと言った時はどうしたかと思ったが」
話を聞いていたレベックが、ディアランに声をかける。
「俺は、ジェラルディン殿下がヴィヴィアンヌ嬢に手を出さない事を願うばかりだったよ。
次の朝には、ジェラルディン殿下の首がなくなっているのは間違いなかったからな」
おどけてレベックが言うのを、ディアランは横目で見ている。
「ともかく、婚約おめでとう」
レベックが両手をあげて大袈裟なジェスチャーをするので、ディアランは口の端をあげて笑う。
「ありがとう。だが、まだ正式には受理されていない。もうしばらく時間がかかる」
「おお、お前が笑う顔なんて何年ぶりだ!
2年前のジェラルディン殿下の婚約が決まった時なんて、この部屋が凍るかと思う程、お前怖かったぞ」
ポンとレベックがディアランの肩を叩くから、ディアランもされるがままにしている。
それから数日後、王太子と公爵令嬢の婚約が正式に公認され、公表日が決められた。
その前日の夜に、公爵は娘に伝えると言うから、ディアランは翌日の朝は花を贈ろうと誓うのだった。
ヴィヴィアンヌが10回目の告白に失敗してから、3週間が経とうとしていた。