兄と弟
宿主たちには緊張した夜になっただろうが、騎士達は久しぶりの湯とベッドのおかげで体力が回復していた。
遅れて到着した補給部隊が持っていた新しい軍服に着替えると、騎士らしい姿に戻った。
「世話になりました」
オーデンが宿主に言うと、隠れて見ている使用人達も安心したようだ。
血まみれで現れた暴徒と見えた一群は、規制の取れた騎士の中隊と認識した。
早朝のうちに、全員が宿を出て王都に向かう。
馬も十分に休養したらしく、力強く駆けて、夕方にはベネッセデアの王都に着いた。
国境からの報告が届いていたのであろう。王都の住民は建物の中に引きこもり、ベネッセデア軍が待機していた。
アステゴッド王国に侵攻したベネッセデア軍が殲滅された情報も届いているのだろう。アステゴッド王国に進行した部隊よりも大きな部隊が、王都の入り口を閉鎖していたのである。
先頭に立っているのは、ジェラルディン。
ディアランが率いるアステゴッド軍は僅か50。それに対するベネッセデア軍は、2万は超えているだろう。王都中が兵士で埋め尽くされている。
ディアランが馬の腹を蹴ると、ものすごいスピードで愛馬は駆ける。その後をレベック、直属の精鋭隊、近衛隊と続く。
そのディアラン目掛けて、王都の建物から雨のように矢が射られる。
「はあ!」
ディアランが空中に剣を振るうと、矢はなぎ倒されるように吹き飛ばされる。
「化け物が!」
その様子をみて、ジェラルディンが吐き捨てる。
ジェラルディンが馬から降りると、ディアランも馬から降りた。
二人が向き合って剣を構える。
相変わらずディアラン目掛けて、矢が降り注いでいる。
ディアランが数歩踏み出すと、地面に仕掛けられた落とし穴に落ちて、左手だけがかろうじて落とし口を掴んで落ちるのを防いでいる。
アステゴッド軍に拘束されているミハイルが、敵がベネッセデアに侵略してきた時の為に指示してあったのだ。
ディアランは右手に持つ剣を、壁面に突き刺す反動で落とし穴の外に飛び出す。
穴に落ちたと思ったディアランが飛びだして来たので、ベネッセデア軍は各々武器を振り上げて襲いかかって行く。
敵味方乱闘になると、矢も射られることは無くなった。
中央突破するディアラン、左右を叩いていくレベック達。
圧倒的に人数が少なく、劣勢のはずのアステゴッド軍が勢力を広げていく。
ディアランはジェラルディンに近づくと剣を振り降ろすが、ジェラルディンも負けていない。
ジェラルディンは先祖返りではないが、始祖の血を引いているのは間違いないのだから。
唯一、ディアランの剣と互角にやり合えるのは、ジェラルディンだけだ。
剣を討ちあう音も、乾いた音ではなく、重い音だ。
ガツン!
剣がぶつかる音も、重く激しい。
「この時を指折り待っていたよ」
嬉しいようにディアランが言う。
「ハハッ、ヴィヴィアンヌと一緒にいる時は、ずいぶん睨んでいたからな。
どうだ? 俺のお古の女は?」
ジェラルディンの挑発には乗らないディアランであるが、ヴィヴィアンヌを貶したことは許せない。
ディアランの瞳は金色、瞳孔は縦に割れた。
軍服と手袋の下は、鱗が肌に覆われているのかもしれない。気温が1度下がったようにも感じた。
「母上は、悪魔を産んだと泣き叫んだそうじゃないか」
ジェラルディンが母上から聞いたことを、ディアランに言う。
好き好んでこの姿に生まれたんじゃない。
何度も絶望に落ちた。
ディアランは、ジェラルディンを見る。
だが、ヴィヴィアンヌは怖くないと言った。
苛ついていた気持ちが落ち着いていく。
「哀れだな」
「それはお前だ!」
ジェラルディンは、剣を振り上げて叫んだ。
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