戦いの前夜
ヴィヴィアンヌはディアランを想い、ディアランはヴィヴィアンヌを想っていた。
だが、二人の想いの方向はまったく違っていたが。
ベネッセデア軍が3日かかって進行してきた道を、ディアラン率いるアステゴッド軍は1日で駆ける。
補給部隊は遅れがちなので、振り切った。遅れてもついて来るだろう。
ディアランを筆頭に、レベック、直属部隊、近衛隊の全てが全身に返り血を浴びている。
国境を越えてベネッセデア王国に入る時にも、ベネッセデア王国の警備隊と小競り合いになったが、圧倒的な力の差となり、国境の町を恐怖に陥れた。
「ディアラン様、今夜は騎士達に休養をお与えください」
大きな街に入ったところで、オーデンがディアランに進言すると、ディアランが周りを見る。
「そうだな、休もう」
ディアランは馬の歩みを弱めて、街道を進む。
「あそこに大きな宿があるので、交渉に行ってきます」
そういうオーデンはすでに馬を走らせた。
敵国の宿に交渉など無謀過ぎるが、オーデンは普通の侍従ではない。一人で行かせても心配することもない。
すでに乾いた血だらけのオーデンが宿の扉を開けると、宿の用心棒が前に立った。
「おい、血の匂いが凄いんだよ。出て行ってくれ」
凄みを見せる用心棒はを、オーデンはチラリと見ただけで横を通り過ぎようとしたから、用心棒が手にしてい剣を振り上げた。
ガン!
用心棒が剣を振り降ろす前に、オーデンが用心棒の頭を床に叩きつけたのだ。
それを見ていた宿の主も、そこにいた客も、何がおこったか分からないぐらいオーデンの手の動きは速かった。
用心棒を床に叩きつけた力が尋常じゃないことは、用心棒の潰れた頭から血が吹き出して、床に血だまりを作っていた。用心棒の男はピクリとも動いていなかった。
オーデンは宿のカウンターに金貨の入った袋を置いた。
宿主の顔は青くひきつっている。
「50人程、泊まります。湯と食事の用意がすぐに必要です。
馬も同じ数で、餌と水を与えてほしい。
もし、なにかしたらこの街に生きた人間がいなくなる、と思う事です」
穏やかな言葉使いのオーデンだが、言っている内容は恐喝のようにも聞こえる。
宿主は震える手で宿帳をだす。
「すでにお泊りのお客様がいて、50人はとても・・。他の宿をご紹介しますので」
宿主のいう事はもっともだが、それをオーデンが了承することはない。
「その客に他に移るように言ってください。
僕も手荒にしたくありません」
街をざっとみたところ、この宿が1番大きい宿のようで、全員が泊まれるのはここしかないとオーデンは判断していた。
倒れたまま動かない用心棒の姿を見て、宿主は頷いた。
宿主はオーデンが置いた袋から、金貨を1枚泊まり客に渡してすぐに出て行かせた。
ベネッセデアの先行隊との戦闘、続くベネッセデア軍本隊との交戦、騎士達が疲れているのをオーデンは分かっていた。
侍従であるオーデンが付いて来たのは戦力としてではない、こういう事の為にきたのだ。
国境の町からの緊急連絡が王宮に向かっているだろうが、ディアラン達はそれより早く駆けてきたので、ディアラン達が何者かを知る者はいない。
オーデンが扉を開けて、ディアランを筆頭に全員が宿に入る。
宿主を見て、レベックが声をかける。
「世話になるな、後で10人程の補給部隊が来る」
補給部隊が軍服を持ってくるまで、この血だらけの軍服を着てないといけない。
それでも何日ぶりかの湯に、皆が疲れを癒した。ただ湯は、血が溶けて真っ赤になった。
深夜、オーデンとレベックはディアランの部屋を訪ねた。
「殿下、お呼びでしょうか?」
窓辺でワインを飲んでいたディアランは、入って来た二人にグラスを渡す。
「ああ、僕が動けない間に王宮を守った褒美をやろうと思ってな」
ディアランが二人のグラスにワインを注ぎ、乾杯をする。
明日は、ベネッセデアの王都に入る。
ここで休んでいる間に、王都ではディアラン達を迎え撃つ準備がされているだろう。
ディアランは明日にはジェラルディンと対峙できると思い、オーデンはディアランがベネッセデアの王族をどうするか不安に思っていたが、レベックは星が綺麗な夜だと思っていた。
お読みくださり、ありがとうございました。




