ミハイル・ドロセア
逃げるベネッセデア軍よりも、ディアランの乗る馬の方が速い。
薙ぎ払うように剣を振るうディアランは、ひときわ甲冑の豪華な男に追いついた。
「名前ぐらい聞いてやろうか?」
ディアランは言うのと同時に、剣を横に振う。
ベネッセデア軍総司令官である男は答えることは出来なかった。
男の首が、ゴロン、と地に転がったからだ。
一瞬の出来事に、剣筋を見切れた者はいない。
うわぁあ!!
逃げる体制さえ崩れて、ベネッセデア軍の兵士達は縦横無尽に逃げ纏う。
そんな中で馬から降り、ディアランの前に両膝をついたのはミハイルである。
「軍師のミハイル・ドロセアと申します。
この度の作戦は、私の立案によるもの。
王太子の力を読み間違ったのは、私の責であり、兵士達はそれに従ったまで。
私の首にそれほどの価値がないのは重々に承知していますが、どうか兵士達は捕虜として生きる道をお与えください」
両手も土につき、服従の姿勢で身動きをしないミハイル。
「トラファルガー公爵令嬢が僕の婚約者だということを知っていて、馬車を倒して誘拐をしたのも、王宮に火を放ち蜂で襲わせた隙に誘拐したのも、お前の策か?」
先行隊に王宮を急襲させて弱体化させる策が、この男の策だと聞くまでもない。
ヴィヴィアンヌの事を、確認したかったのだ。
「はい、丁重にお迎えする予定でしたが、ケガをさせてしまい申し訳ありません」
ミハイルは姿勢を崩さず、地面に視線を向けたまま答え、微動だにしない。
ここで楽に殺してくれるとは思ていない、拷問にかけられた後に戦犯として処刑されるのだろう、とミハイルは覚悟していた。
「追うのが僕でなければ、君の策は成功したであろう」
ディアランから見て、ミハイルの策は斬新であった。それでいて緻密に計算されていた。
ミハイルは、ディアランには答えずに姿勢を崩さない。
ジェラルディンとは、歳が大きく違うのにウマが合った。
そのジェラルディンが執着しているから、トラファルガー公爵令嬢を誘拐を含めた策を建てた。
だが、王太子もトラファルガー公爵令嬢に執着しているのか、と分析する。
「兵士を捕虜にして命を救ってくれ、と懇願する君は捕虜になりたいか?」
今度の問いにミハイルは答えた。
「いいえ。
貴族の矜持などとの理由ではありません。
私は戦争責任者の一人として、多くの命の責任を取らねばならないからです。
戦争は人の心を狂わせる。
そういうように兵士を仕向けたのは、出兵を決めた人間であり、司令官と呼ばれる人間であり、軍師と呼ばれる人間でもあるからです」
「潔いな」
面白そうに、ディアランは口角をあげる。
「アステゴッド王国では、拷問を受ける事になる」
そう言われてもミハイルは顔を上げない、覚悟をしているという事だ。
こういう人間はいくら拷問しても白状することはないだろう、とディアランは思う。
ディアランは、騎士を呼ぶとミハイルを連行するように指示をする。
「僕が戻るまで、拷問はしないように」
ディアランが手綱を引くと、馬は後ろ足で立った。
「我が軍の人数では、ベネッセデア軍兵を捕虜として連行することは出来ない。
我が国に進軍し、婚約者を誘拐するのに加担した者達を生かす必要はあるまい」
「やめてくれ!」
そこで初めてミハイルは抵抗をするが、屈強な騎士に取り押さえられているので、叫び声だけになる。
「僕に慈悲を求める事が、間違っている」
眼を僅かに顰めるディアランである。
「この悪魔!」
どんなにミハイルが叫んでも、戦場の喧噪にかき消される。
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