失恋の乗り越え方
翌日、公爵は王に謁見申請をとり婚約解消にむかった。
ヴィヴィアンヌはテレーズと共に玄関で見送ると、そのまま部屋に閉じこもった。
自室の扉を閉めた途端、ズルズルとその場にへたり込んでしまう。
どこかで分かっていた。
自分が諦めたら、全てが終わってしまう。自分のわがままで結ばれた婚約。
デビュタントでジェラルディンを見た時に、この人こそ自分の王子様だと思った。ダンスをして、挨拶のキスを手にされた時には、恋に落ちていた。
側にいたくて、声をききたくて、気を引きたくて。ジェラルディンの言葉に一喜一憂している私は、周りから見ると滑稽であったろう。何がいけないのだろうって考えて、常にジェラルディンの事を思っていた。
それでも、愛情を返してくれることはなかった。
愛されたかった。
「女々しいわ、ヴィヴィアンヌ」
ヴィヴィアンヌは、自分の頬をペチンと軽く叩いた。
自分で選んで失敗したのなら、次は両親の勧める人がいいかも。
16歳のデビュタントから2年、ヴィヴィアンヌは18歳になっている。婚約者とそろそろ結婚という令嬢もいる時期だ。
失恋して、少しばかり自暴自棄になっているのを否めない。
ドレッサーの前に座ると、鏡を覗き込む。
「うーん、お母様に似て美人だわ」
自分でいうのもなんだが、美しい公爵令嬢として名は知れている。
「サリー」
侍女を呼ぶと、街に出る支度をするように言う。
髪を三つ編みに結うと、ヴィヴィアンヌの髪の艶が隠れる。サリーはヴィヴィアンヌの頬にそばかすを描いていく。口紅は茶色を薄く塗ってヴィヴィアンヌの唇の赤みを隠す。最後に眼鏡をかければ完成である。
ドレスは華美な装飾はなく、質の落ちたドレスである。誰もヴィヴィアンヌとは分からない街娘の完成だ。
街に出るには、このいでたちの方が安全なのである。
「新しいケーキ屋が出来たと聞くから、そこに行くわ」
サリーと護衛二人を連れて、ヴィヴィアンヌは町に出る。
失恋の自棄食いである。
想いを吹っ切る為に正しい選択であるが、3週間続けた結果、大変なことになった。
その間に婚約解消は成立し、公爵はヴィヴィアンヌに次の婚約者が決まったことを告げた。
前の婚約者も、新しい婚約者も王子であるために、婚約を正式にとりなすには時間がかかったのだ。
「ヴィヴィアンヌ?」
公爵は横に座る夫人に確認する。
ヴィヴィアンヌはぽっちゃりしていた。
甘いものばかり大量に食べて、屋敷に戻ると寝るとい生活を続けた為に、僅か3週間で太るところまではいってないが、顔が丸くなって、身体もふくらみを帯びていた。
「なんだか、朝起きると身体が重くって。病気かも知れません」
ヴィヴィアンヌは、最近地面が近いと感じている。だるいし、やる気が出ないのだ。
「ヴィヴィアンヌ、まず痩せないといけないと思うわ」
テレーズが眉を寄せヴィヴィアンヌの体形の変化を指摘すると、ヴィヴィアンヌの前に置かれているスイーツを下げるように侍女に指示をする。
「ヴィヴィアンヌ、婚約が決まった」
ウホン、と咳ばらいをして公爵はテレーズとヴィヴィアンヌを見ると、二人とも目配せをする。
ヴィヴィアンヌの体形は後にして、まず婚約の話を聞こうということだ。
「ディアラン・アステゴッド王太子殿下の強い希望で、婚約が決まった」
ヴィヴィアンヌは自分の耳を疑った。
ヴィヴィアンヌはジェラルディンに恋していたので他の男など目に入ってなかった。王太子も同じだ。王宮で何度も合ったが、王太子の好意など気づくはずもなかった。
「王太子殿下では、公爵家に婿に入れませんよね?
私が王家に嫁ぐのですか?
ザイールお兄様を養子にして公爵家を継がせるために、私を外にだすなら王家はいい選択ですよね」
なるほど、とヴィヴィアンヌは納得をしている。
公爵も夫人もヴィヴィアンヌが政略だと考えているのを、否定はしない。
公爵令嬢として嫁ぐとしても、有力家の適齢期の男性は結婚しているか婚約している。王太子が残っていることが不思議だということを、ヴィヴィアンヌは気づいていない。
ジェラルディンに失恋したばかりの娘に婚約者をあてがうのだ。政略とした方が抵抗なく受け入れるだろう。
こんなに自棄食いするほど、ヴィヴィアンヌは辛いのだから。
「明日、王太子殿下との婚約が公表される」
公爵の言葉に、ヴィヴィアンヌは、はいと答えた。