ディアランの姿
ヴィヴィアンヌは興奮していたが、それでも自分の感覚が間違いないと分かっていた。
それはディアランなのに、ディアランではなかった。
金色の瞳、縦長の瞳孔、顔の半分は鱗で覆われ、手は全体が黒い鱗で爪は鋭く延びている。
前は、どうしてこの人が自分の居場所が分かったのか聞かなかった。
聞いたらいけない気がして。だけど今は分かる、この人は普通の人とは違う。
ディアランが泣きそうな顔をしていると思ったから。
そっと、その頬に手を添えると、ディアランがピクンとした。
「あっ・・」
そこで自分の姿に気がついたように身を離そうとするから、ヴィヴィアンヌはディアランの服を掴んだ。
「僕の姿は、」
言いかけたディアランは上を見ると、ヴィヴィアンヌを抱きあげて駆け出した。
飛びだした部屋から追手が来ると分かったのだろう。
「ヴィヴィ、その頬、暴力を受けたのだね」
隠しようのない腫れた頬、ヴィヴィアンヌは頷くしかなかった。
人知を超えた速さで、ヴィヴィアンヌを抱いたディアランが走る。
軍馬を置いた場所に着くと、ヴィヴィアンヌを馬に乗せ、その後ろにディアランが乗って駆け出した。
雨は二人に打ちつけ、ヴィヴィアンヌが濡れないようにディアランが庇うのが、ヴィヴィアンヌは嬉しかった。
ヴィヴィアンヌは、人と離れた姿になったディアランより、人の姿のジェラルディンの方が人の心を持ってないように感じていた。
雨でヴィヴィアンヌの気配が消えてしまい、自分の中に眠る力を奮い起こしてヴィヴィアンヌを探したディアランは、熱が続いているのを感じていた。
ヴィヴィアンヌを連れて逃げるには、この力が必要だ。
だが、暴走している、と自分でも分かっていた。
しばらくいくと、レベックと合流した。
ディアランの速さに着いて行けなくなってから、蹄の後を追って来たらしい。
「殿下!」
ディアランの様子を見て、レベックは何か考えていた。
「少し遠くなりますが、我が家の別邸があります。雨に隠れていけるでしょう」
ディアランの姿が戻っていないことで、通常ではないと考えたのだ。
「ああ、助かる、力を出し過ぎたようだ」
ディアランは、ヴィヴィアンヌに外套をかけ直して馬を走らす。
「そこに行けば、治療ができる。少し、我慢してくれ」
ヴィヴィアンヌの腫れた頬を心配しているのが伝わってくるが、ヴィヴィアンヌはディアランの方が心配だ。
強い雨の夜道を、2頭の馬が駆ける。
街に入ったが、強い雨で人影も少なく、馬に注視する人もいない。
その街を抜けた先にハーツ侯爵家の別邸はあった。
避暑に来る屋敷らしく、この時期は管理に必要な使用人しか置いていない。
「レベックだ、すぐに開けてくれ」
ドンドン、扉を叩いてレベックが声をあげる。
扉を開けたのは老齢の執事である。
「レベック様、急にどうされたのですか?」
「雨に打たれて、ここに避難してきた。
連れがケガをしているんだ。2階の部屋を使う。薬と湯の用意をしてくれ
それができたら、2階には誰も来ないように」
レベックは執事と使用人を急がせて玄関から追いやると、玄関には誰もいなくなった。
見られて困るのは、ヴィヴィアンヌではなくディアランだ。
ヴィヴィアンヌを抱き上げてディアランは、2階の部屋に入った。
「殿下、この部屋には誰もきません。隣の部屋に薬と湯の用意をさせますので、しばらくお寛ぎください」
レベックは部屋の暖炉に火をくべると、使用人達に指示するために部屋から出て行く。
ディアランはヴィヴィアンヌをソファーに座らせて、レベックが置いていったタオルをヴィヴィアンヌにかける。
ディアランが歩いた後に、水がしたったっている。
ヴィヴィアンヌに雨がかからないように、ディアランが身体を被せてくれたからだ。
「ディアラン殿下」
ヴィヴィアンヌに呼ばれて、ディアランが顔を上げる。その顔の鱗は消えていない。
暖炉の火が、ディアランの異様な姿を照らし出す。
濡れた髪から雨が滴り、金色の瞳、蛇のように縦に割れた瞳孔。
顔の半分を覆う黒い鱗。両手は黒い鱗で覆われ、尖った爪も黒い。
何も知らなければ、怖くて不気味だと思うかもしれない。
だけどヴィヴィアンヌは知っている。ヴィヴィアンヌを助けるために、こんなことになっているのだと。
ディアランは身動き一つせず、判決を待つ囚人のように悲し気な瞳をしている。
両手をゆっくりディアランの首にまわして抱きつく。それから、ディアランの鱗のある側の顔に自分の頬を摺り寄せた。
「助けてくれて、ありがとうございます」
ディアランが強く、ヴィヴィアンヌを抱きしめ返した。
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