ジェラルディンの狂気
「ヴィヴィ」
ジェラルディンは倒れ込んだヴィヴィアンヌに駆け寄ると、抱きしめてソファーに座らせた。
婚約者時代にも、こんなことはなかった。
「悪かった。他の男と婚約などするから我を忘れてしまったんだ」
護衛らしき男に指示して冷やしたタオルを持って来させると、ヴィヴィアンヌの頬にあてる。
ヴィヴィアンヌの知るジェラルディンは、ヴィヴィアンヌには冷たかったが皆に優しかった。先ほどのような暴力をされたことも、見たこともない。
殴られた時は怖かった、だけど、今は不気味な怖さを感じる。
だが、もうヴィヴィアンヌの中では見限った男である。
ましてや暴力を振われたのだ。今更優しくされたところで、もう一度好きになることなどない。
頬が痛い。
ジェラルディンと護衛が二人、振り切って逃げれるとは思えない。神経を尖らせて、逃げる機会を待つ。
大人しくしているヴィヴィアンヌに、ジェラルディンの機嫌も良くなってきたようだ。
ジェラルディンの前では、いつも従順で大人しいヴィヴィアンヌであった。
ただ、ジェラルディンに好かれようと彼に合わしていたのである。
「可哀そうに、兄上から請われて断り切れなかったのだろう。
ヴィヴィから俺との婚約解消を願い出たなど間違いだ。こんなに太る程、体調を崩してしまったというのに」
殴られて腫れた頬をなどるジェラルディンの手が、気持ち悪いとヴィヴィアンヌは感じる。
何でも自分に都合よく考える男。
ヴィヴィアンヌにとって知らないジェラルディンを見ていく。婚約者だったのに何も知らなかった、と哀愁ではなく事実として受け止める。
「だが、大丈夫だよ。今夜が二人の初夜だ」
絶対に逃げる!
けれど今じゃない、二人きりになった時がチャンスだ。ヴィヴィアンヌの動悸が激しくなり、耳鳴りまで聞こえそうだ。
だからこそ冷静に状況をみなくちゃ、と自分を落ち着かそうとする。
ディアラン殿下、助けて。
ディアラン!
「お前達はさがっていい」
ジェラルディンが護衛を部屋から下げる。
そうなると、部屋にはジェラルディンとヴィヴィアンヌの二人きり。ピンチであり、チャンスだ。
ジェラルディンがヴィヴィアンヌにのしかかってくるから、ヴィヴィアンヌは身体をよじる。
「殿下、ここでは・・」
恥じらいながらヴィヴィアンヌが言うと、ジェラルディンは機嫌よくなったのか、笑顔をみせる。
「ああ、寝室に行こうか」
ジェラルディンはヴィヴィアンヌを立ち上がらせると、その手を取ろうとした。
「ぎゃああ!」
ジェラルディンは痛みにのたうち回り、血が噴き出している。
ヴィヴィアンヌは髪から簪を抜くと、ジェラルディンの頬に力任せに突き刺したのだ。
そのまま身を翻して窓辺に走る。
ジェラルディンの叫び声に護衛が部屋に飛び込んで来た時は、ヴィヴィアンヌは窓を突き破っていた。
外に投げ出された身体を雨が打つ。
「ヴィヴィ!」
それは聞きたかった声だ。ディアランの姿が見える気がする。
なんか、こんなシーン、前にもあったと思うと、ヴィヴィアンは可笑しくなってきた。
連れ込まれた部屋は2階だったらしく、窓を突き破ったヴィヴィアンヌの身体は落下していた。
雨の中、軍馬が猛スピードで駆けて来るが、間に合うはずはないのだ。
地面が揺れた気がする。
雨で視界も悪く、まだ遠いのにディアランが泣きそうな顔をしているのが見える、とヴィヴィアンヌは思った。
地面に叩きつけられる。ギュッ、と目をつむり衝撃に耐えようとして、それはこなかった。
「ヴィヴィ、つい最近もこんなことなかった?」
ヴィヴィアンヌを受け止めたディアランは肩で息をしている。
「私も思っていた」
二人で目を合わせて笑う。
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