もう一つの罠
蜂だけなら部屋に閉じこもり外部を遮断すれば逃げれるが、火事が起きている以上、建物の中は危険である。
黒や濃い色の衣類を身に付けている人間が、蜂の標的になった。主に騎士や兵士である。
蜂が攻撃をしている騎士から離れる方が安全と判断して、ヴィヴィアンヌ達は庭園に出る。
庭も逃げまどう人々で、喧噪としていた。
「お母様、大丈夫?」
ダイエットで運動を強化しているヴィヴィアンヌは平気だが、母親のテレーズはすでに息が荒くなっている。
「こちらで休みましょう」
東屋には先客がいたがテレーズの座る場所を開けてくれる。付き添っている侍女達がテレーズを座らそうとして、皆がそちらに視線を移した一瞬だった。
物音がしても、騒動で気がつくことができなかった。
「ヴィヴィアンヌ?」
公爵夫人が侍女の後ろを覗き込むように、娘の名前を呼んでも返事はない。
そこに、ヴィヴィアンヌの姿はなかった。
「ヴィヴィアンヌ!!」
公爵夫人の叫び声が響き、人々は何が起こったのか知ったのだった。
王と王太子は火事の対応に追われていた。
火事の火や煙の刺激で蜂が巣から出て飛び回っているとしても、王宮の庭園は庭師たちによって管理されている。これ程大群の蜂ならばいくつもの巣から出て来たに違いないが、庭師たちが蜂の巣を放置するはずがないのだ。王宮の庭園に蜂の巣はなかった。
これは人為的に起こされたことだ。
「陛下!」
兵士が王の執務室に駆け込んで来た。
消火活動にあたっている兵士かと思えば、もたらせた言葉に室内が凍りついた。
「トラファルガー公爵令嬢が、拐われました!」
冷気が立ち上る様を、部屋の誰もがディアランに見た。
ヴィヴィアンヌが王宮の帰りに誘拐されたのは、ついこの間だ。
やられた。
誘拐に失敗して慎重になっているはず、という常識を逆手に仕掛けてきた。
握りしめた拳は、血管が浮き出る程に握りしめられている。
ディアランはヴィヴィアンヌがいなくなった場所に向かう。
王宮はヴィヴィアンヌの気配が残っていて、探索の邪魔になる。
東屋から裏門まではさぐれたが、そこから急激にヴィヴィアンヌの気配が弱くなっていて、空気を辿れない。
ヴィヴィアンヌが、密閉された箱に閉じ込められている可能性が高い。
ディアランは、ヴィヴィアンヌが生きている確認が取れないことに焦りが募る。
火事は鎮火され、本格的な捜査が始まる。犯人は蜂を放った者と同一人物だろう。
それが、ヴィヴィアンヌを拐ったのだ。
ディアランは神経を研ぎ澄まし、ヴィヴィアンヌの気配を探る。
東から僅かな気配を関して、馬を走らせる。その後をレベックが追う。
ベネッセデアとは方向が違うが、ディアランは気配を信じる。
ディアラン達が王都を出る頃に、入れ違いに急報が届いた。
『ベネッセデア国境附近で、不審な動きあり!』
これこそが、ミハイルの策。
ジェラルディンにヴィヴィアンヌを与え、それを追うディアランをベネッセデアとは反対側に陽動する。
ディアランがいなくて、手薄になった王宮を狙っていた。
ベネッセデアの大軍が、国境附近に集結していた。




