トラファルガー公爵家の総領娘
公爵が戻ってきたと、家令から連絡をうけて、ヴィヴィアンヌは父親の書斎に向かう。
家令から報告を受けていた公爵は、ヴィヴィアンヌを待っていた。
「お父様」
ヴィヴィアンヌが公爵を呼ぶと、それだけでわかったのだろう。
公爵は、ヴィヴィアンヌに席を勧めて自分も前に座った。
「決めたのか?」
公爵が尋ねれば、ヴィヴィアンヌは静かに頷いた。
「そうか」
第2王子ジェラルディンとヴィヴィアンヌがうまくいってないのは、誰もが分かっていた。
公爵も早々に、ヴィヴィアンヌを婚約させたことを後悔していた。
それでも、ヴィヴィアンヌが第2王子に好かれようと努力する姿に、王子の気持ちが好転するのを期待していたが、無理だったようだ。
それに、王からは第2王子ではなく、王太子に嫁ぐよう打診されたこともある。
王家もヴィヴィアンヌとジェラルディンの婚約解消には前向きなのだ。
ヴィヴィアンヌの気持ちが決まれば、婚約解消は直ぐにもなるだろう。
「ヴィヴィアンヌ、明日にでも陛下に婚約解消を申し出よう。それでいいか?」
公爵は、再度ヴィヴィアンヌに確認する。
「お父様、大変ご迷惑をおかけしました」
ヴィヴィアンヌは、自分がジェラルディンを好きになった為に、公爵家が強引に勧めた婚約だと思っているが、王家にとっても、公爵家の一人娘であるヴィヴィアンヌは第2王子の婿入り先として好条件であったのだ。
「ヴィヴィアンヌ。
王家の意向でもあった婚約だ。お前のせいだけではない。
幸せになってほしいと願ってのことだった。辛い思いをさせたね」
公爵は机の上から書類を取り出し、センターテーブルに置く。
「血族の優秀な子息達だ。彼らのうちから養子を取ることもできる。
お前は婿を取ることを優先せずに、嫁にいってもいいのだ。」
公爵は、王太子からの求婚は黙っている。
ヴィヴィアンヌの婚約解消が公になったら、王太子だけでなく多くの貴族子弟から求婚が届くであろう。
それほど、トラファルガー公爵家の総領娘は魅力的なのだ。
ヴィヴィアンヌは、その書類を横目で見ながら、王太子の側近である従兄を思い浮かべていた。
「お父様は、すでに決められているのでしょう?
私が考えても、ザイールお兄様以上の方はいらっしゃらないと思います」
公爵の姉の息子である、ザイール・テレビア伯爵子息。長男だが、弟がいるので公爵家に養子になっても問題がない。
なにより、ヴィヴィアンヌの婿にと公爵が気に入っていたのだが、ヴィヴィアンヌが第2王子と婚約したことで無くなった話だった。
公爵は大きく頷くと、じっとヴィヴィアンヌを見つめた。
「いいのだな?」
今度は頷くだけでなく、「はい」と言葉にした。
ああ、終わるんだ、と思うと悲しいだけでなく、安心した。
ヴィヴィアンヌは、ジェラルディンを好きな気持ちはもう擦り切れてしまっている、と自覚している。
何度も気持ちを伝えた。
一度でも、僕も、とジェラルディンが返してくれたら。
考えても仕方ない、殿下は自分を好きにならなかった。そういうことだ。ヴィヴィアンヌは深く息を吐いた。
「テレーズを呼ぶよ、心配している」
「お母様が?」
公爵が家令に、公爵夫人を呼ぶように言うと、公爵夫人テレーズは直ぐに来た。
「二人で何のお話をされていたの?」
テレーズは、ヴィヴィアンヌの横に座りながら、公爵に尋ねる。
「テレーズ、ヴィヴィアンヌから婚約解消の申し出があった」
公爵の言葉に、テレーズはヴィヴィアンヌの手をそっと取る。
「この二年、ヴィヴィアンヌが殿下に好かれようと努力したのを知っているわ。
殿下の公務に役立つように勉強して、殿下の好みに気を使い、殿下中心の生活だったわね。
その代わりお友達と過ごす時間はなくなり、ヴィヴィアンヌらしくなくなって、あまり笑わなくなったのを心配していたの」
笑わなくなっただけでなく、顔色は悪く言葉も少なくなった。
ジェラルディンが、ヴィヴィアンヌにうるさい女は嫌いだ、と言ったと聞いた。
ヴィヴィアンヌはジェラルディンと二人きりになる事はしなかったので、控えている侍女が公爵と公爵夫人には報告していたのだ。
ジェラルディンが他の令嬢と懇意にしているのは、ヴィヴィアンヌが我慢していても、トラファルガー公爵家として許されない事だ。
「たとえ王子であっても、ヴィヴィアンヌを大事にしてくれない人間に、トラファルガー公爵家の婿を任すことはできないの」
テレーズはまっすぐにヴィヴィアンヌを見た。