ヴィヴィアンヌの行方
トラファルガー公爵令嬢で、王太子の婚約者。警備も精鋭の騎士がついている。犬ぐらいで公爵令嬢を誘拐されるような騎士達ではない。
手引きした者がいる。
ディアランは馬を走らせながら、状況を考えていた。
ディアランはヴィヴィアンヌの護衛に付けたのは信頼のある者達だ。
それ以外でその場にいたのは、トラファルガー公爵家の馭者と侍女、犬に逃げ惑う街人達と、それを避けてバランスを崩した馬車の馭者と乗っていた人物だ。
「殿下!」
ディアランの姿を確認した騎士達が駆けよって来て、申し訳ありません、と頭を下げる。
「よい、それより状況を説明してくれ」
ディアランは馬を降りて、馬車に向かう。
「対向していた馬車が倒れ込んできましたが、こちらの馬車は軽くかすっただけでしたので、犬の駆逐を優先しました。
ご令嬢は馬車が接触した側の扉から運び出されたと考えております」
侍女が意識を失くした状態で、馬車の中にいました。
今は治療を受けております」
馬車の扉を開けながら、騎士は報告をする。
騎士達が片方の扉側に集中するよう、犬を使って陽動された、ということか、とディアランは考える。
馬車の中に入る時に、ディアランは騎士の肩を軽く叩いた。
「君達は、僕が選んだ騎士だ。狂犬病の疑いのある犬のいる馬車の外に、ヴィヴィアンヌを出すわけにいかない。駆逐を優先するのは理解できる」
馬車に入ってディアランは様子を確認する。
争った様子はない。ヴィヴィアンヌは意識を失くしていると考えるのが当然だ。侍女は意識がない状態で発見されたのだから。
ディアランは、舌で唇を嘗めた。
キスをして、ヴィヴィアンヌと体液を交換した。
以前よりずっと遠くまでヴィヴィアンヌの気配を感じる事ができる。
ヴィヴィアンヌが運び出されたであろう扉から身体を乗り出し神経を研ぎ澄ませる。
空気をたどる。
僅かな空気の違い。
犬を使い、人目を撹乱させ、死角を作りヴィヴィアンヌを運び出した。
準備をして計算された行動だ。
ディアランは馬車から降りると馬に飛び乗った。
「半分は僕に続け!」
直ぐに騎士達がディアランの後を追う。
残った半分は、現場とトラファルガー公爵家で状況調査をする。
ヴィヴィアンヌは、馬車の振動で目が冷めたが、様子をみようと気づいてない振りをする。
男が二人、ヴィヴィアンヌの乗った馬車を伴走している。
なんとかして、逃げ出さないと。
この馬車がどこに向かっているかは、わからない。
飛び降りる? スピードが落ちたら、試す価値はある。
町中を暴走して目立つのを避ける為にだろうが、馬車のスピードは遅い。
もし馬車から飛び降りれたとして、それからどうやって逃げる?
ヴィヴィアンヌは、誰かの気配を感じた。
馬車の中は、ヴィヴィアンヌだけではないようだ。
「いっそ、殺した方が楽なのに」
ポツリと呟く声は、本心なのだろう。
ヤバい! 命の危機、私!
ヴィヴィアンヌは心の中で焦った。
その声には聞き覚えがあるから余計にだ。
従兄のザイールだ!




