息子と
三題噺もどき―にひゃくさんじゅうなな。
外は暗闇が広がる。
時刻は深夜。
「……」
ちらりと見える窓の外。
昼間の賑やかさが嘘のように、静まり返った町。
月が照らすその道には、誰も人は居ない。
「……」
ホントに。
日中のうるささといったら、ものすごいのだこの町は。
常にどこかがお祭り騒ぎでもしているのかと思う程に。楽し気な声に、怒りの声に、煌びやかな声に、嫉妬の声に。どこかで必ず声が上がっている。声があふれている。
それがこの町の利点かもしれないが。
「……」
夜の住民にとっては、ただの睡眠妨害なので迷惑でしかない。
まぁ、こんな街中にいるとは思っていないだろうから、文句の言いようもないが。
闇夜を生きる生き物が、必ずしも森の奥に居ないといけないという、決まりはない。
何より、いちいちあの森の奥からこの町まで降りてくるのも面倒なので、近くで密かに生きている方が楽なのだ。
―ま、自分以外の住民を見たことはないので、実際は森の奥にでもいるのだろう。
「……」
ここに住むようになったのも、彼女がいたからだ。
彼女がいなければ、こんな所にはすまなかっただろうし。
「……」
月光が差し込む室内は。
電気はついておらず、蠟燭が一本灯りをともしているだけだ。
その横には。
小さな子供用のベットが置かれている。
「……」
つい数時間前までは起きていたのだが。
さすがにはしゃぎすぎたのか。疲れて眠ってしまっている。
夜を生きるものとはいえ、疲れてしまえば眠るのだ。
私はもう、眠るに眠れないけれど。
「……」
仔猫のように丸くなりって、眠る子供。
私と、彼女の、尊い息子。
「……」
彼女に似た、美しいブロンドの髪。
天使のような可愛らしい瞳。
どこか病的なまでに青白い肌。
ほんの少し開かれた唇から覗くのは。幼い子供の割には、とがった犬歯。
「……」
私の、吸血鬼としての血を。
多く継いでしまった彼は、太陽の下では生きていけない。
人間の、彼女の血をもっと多く継げたらよかったのだけれど。
それは、どうにかできるものじゃない。
「……」
すやすやと、寝息を立てて眠る息子を。
無意識に、さらりと撫でる。
くすぐったかったのか、もぞもぞと動き、毛布に隠れてしまった。
「……」
こういう所も、何だか彼女に似ていて。
とても。とても。
愛おしい。
「……」
ふ。
と。
ベットの上に置かれている。
写真に目が行く。
「……」
手を伸ばし。
その写真を眺める。
暗闇とは言え、目はなれている。
むしろ明るいよりは、暗闇の方が視界は利く。
「……」
写真の中に居るのは。
彼の、母。
私の、妻。
愛しい、私の、パートナー。
「……」
その腕は。
赤子を抱くような形で、固定されている。
その体は。
何かに肩を預けるように、少し傾いている。
「……」
吸血鬼である私は。
写真には写らない。
私の血を濃く継いだ、息子ももちろん。
それでも、記念だと言って聞かなかった彼女が、撮ろうと言って。
家族そろって写ったのだ。
「……」
彼女に出会うまで。
私には、家族というものがよくわからなかった。
気づけば1人でいたし、それが当たり前だと思っていたから。
「……」
けれど、彼女に出会い。
共に過ごし、子供をなし。
―彼女が、いなくなってしまい。
「……」
ようやく、家族が分かったのだ。
無くなってから気づくとは、我ながら愚かにも程がある。
息子と2人過ごす、この夜が。
とても愛おしいと思えるようになったのは。
彼女の死に、ようやく向き合えるようになってからだった。
「……」
これから、彼と2人。
彼女の居ないこの世界で。
お題:写真・吸血鬼・息子