ポトフ
ノエルは精霊の森で切り倒した木を薪にして、町まで売りに行った。
冬は暖炉の燃料として薪が高い値で売れる。ノエルは久しぶりに金貨を手にして、真っすぐに肉屋へと向かった。
「ソーセージを買えるだけ下さい」
ノエルが金貨を差し出しながら言うと、店主は目を丸くした。
「おい、金貨でソーセージを買う馬鹿はいないよ。ステーキ肉にしたらどうだい? 今日は良い牛肉が手に入ったんだ」
ノエルは少し迷ったが、小屋に住みついてしまった乳牛のことを思い出し、ステーキ肉は丁重に断った。その代わりにベーコンを追加して、ソーセージと一緒に包んでもらう。
「おまけしといたよ!」
店主の明るい声に送り出されて、ノエルは家路を急いだ。
小屋に戻るとゴードンが来ていた。ノエルの顔を見るなり、暖炉の前を占領している牛を指差しながら盛大に愚痴をこぼし始める。
「ノエルの家はいつから牛小屋になったんだよ。こいつがでかい図体で暖炉の前に居座るから、俺がちっとも暖まれないじゃないか」
「外は寒いからね。この牛は年寄りみたいだし、大事にしてあげてよ」
ノエルは労わるように牛の背を優しく撫でる。
「お前は本当にお人好しだな。いつか誰かに騙されて酷い目に遭うんじゃないかって、俺は心配だよ」
「ゴードンは優しいね。君が僕の友達になってくれて嬉しいよ」
ノエルが微笑むと、ゴードンは頭を掻いた。
「別に優しいわけじゃないけどさ。お前が嫌な思いしなきゃいいなってだけだよ。それより、この牛は牧場に返さなくていいのか?」
「牛がキキの料理を気に入って帰ろうとしないから、牧場に手紙を書いたんだ。そうしたら、『年寄りで乳の出も悪いので、もしよかったら差し上げます』って返事がきてさ」
ノエルの話に、ゴードンは眉をひそめた。
「それって……体のいい厄介払いじゃないか。いらないものを押し付けられたってことだろう?」
「そうだとしても構わないよ。牛はここに居たいんだし、僕も新鮮なミルクが飲めて嬉しいからね」
そう言ってノエルは買ってきた食材を台所に持って行くと、鍋が煮立っているのに気が付いた。中には野菜の皮や切れ端がどっさり入っている。
「これ、ゴードンがやったの?」
「キキにやらされたんだよ。俺はここへ来てすぐに、大量の野菜を皮剥きしてから角切りにしろって言われて、さっきまでこき使われていたんだからな。あいつ、俺のことを奴隷か何かだと思っていやがる」
ゴードンが怒りをぶちまける。
よく見ると、もう一つの鍋には綺麗に切り揃えられた大量のニンジンとタマネギが入っていた。
「うわあ、それは大変だったね。そういえばキキはどこへ行ったんだろう」
ノエルは辺りを見回したが、キキの姿はどこにもない。
「キキなら、セロリが無いって喚きながら森の方へ飛んで行ったぞ。口笛を吹いても、いつものリスが来なくてさ。俺も野菜を角切りにするので忙しかったから、珍しく自分で採りに行ったんだ」
そこまで話すと、ゴードンはチラッと牛の方を見ながら付け加える。
「この暇そうな牛に行かせりゃ良かったのに」
「きっと、牛が年寄りだから無理させたくなかったんだよ。キキは年寄りと子供には優しいからね」
ノエルが言うと、ゴードンは複雑な表情を浮かべた。
「この前の仔羊のことは、真冬なのに丸裸にして放り出してたけどな。あいつ……いい奴なのか嫌な奴なのか、よく分からないな」
二人が話をしていると、キキが巨大なクマを引き連れて帰ってきた。クマの手には、セロリの束が抱えられている。
「おい! そいつはこの前、俺のことを食べようとしていたクマじゃないか?! 何で連れてくるんだよ!」
ゴードンは大声で叫ぶと、牛を盾にして身を隠した。
「この前のアップルパイが美味しかったみたいで、あれ以来キキの料理を食べに来るようになったんだ。川でとった魚を持ってきてくれたり、力仕事を手伝ってくれたりするから、僕も助かっているよ」
ノエルはニコニコしながらクマを迎え入れる。
台所でベーコンとソーセージを見つけたキキが歓声を上げた。
「やったあ! ベーコンもある! 気が利くじゃないの。それじゃ、さっさと仕上げてポトフを食べよう!」
「ノエルはソーセージとベーコンをひと口サイズにカットして! ゴードンはセロリを細かく切って、角切り野菜の鍋に入れなさい!」
キキに言われた二人は、急いで作業に取り掛かる。
ゴードンが切ったセロリを鍋に入れ終わると、キキが鍋の上にザルを重ねた。
「ここに、野菜の皮や切れ端を煮詰めたブイヨンを入れてちょうだい」
重たい鍋をクマが持ち上げ、ザルで濾しながら煮汁を注ぐ。そこへ、ノエルがカットしたソーセージやベーコンを加えていく。
「煮込んでいる間に、僕も一品作ろうかな」
ノエルはそう言ってジャガイモを持ってきて洗い、芽を取り除くと皮付きのまま櫛切りにした。
鍋でジャガイモを茹でながら、フライパンにはみじん切りのニンニクとオリーブオイルを入れて、香りが出るまで温める。
ニンニクがキツネ色になったら、残ったソーセージとベーコンを加えてカリッとするまで炒め、茹で上がったジャガイモの水気を切って混ぜ合わせた。
最後にオリーブオイルを足して塩コショウをふる。
「よし、ジャーマンポテトの出来上がりだ」
ノエルは皿に盛り付けるとテーブルへ運んだ。
グツグツ煮立ったポトフの鍋に、キキが塩コショウを足して味をととのえる。
「ポトフも完成したよ!」
ノエルがポトフをスープ皿に注ぎ、ゴードンがテーブルに並べていく。
食事の上ではポトフの入ったスープ皿が湯気を立て、ジャーマンポテトの皿からはニンニクのいい香りがしてくる。
「こいつ、何で俺の隣に来るんだよ!」
ゴードンの座った椅子のすぐ横に、クマが腰を下ろす。
「食事が足りなかったら、お前を食べるつもりなんじゃないか?」
キキが言うと、ゴードンは少しでもクマから離れようとして椅子をずらした。
ノエルは牛のために、野菜だけを取り分けて持って行ってやる。
キキはまずポトフのスープを口に含んだ。
ベーコンとソーセージから出た旨味と、野菜のブイヨンの甘みがお互いを引き立てあい、塩分が味を引き締めている。
「胃袋の中から温まるなぁ」
ゴードンが頬をゆるめてスープを飲み干す。
キキは次に、ノエルの作ったジャーマンポテトに手を伸ばした。
「うん! ジャガイモはホクホクだし、ニンニクもきいていて美味しい!」
キキの感想に、ノエルは顔をほころばせる。
そして「こんな日々がずっと続けばいいな」と心から願った。