チーズフォンデュ
「先日は我が家の仔羊が大変お世話になりました。おかげ様で私はすっかり元気を取り戻し、家族も驚く回復ぶりです。うちの牧場には乳牛もいるので、お礼にチーズを作りました。みなさんで召し上がってください」
ノエルが手紙を読み上げると、ゴードンは目をぱちくりさせた。
「仔羊の言っていた『おばあさん』っていうのは、人間だったんだな。それにしても、こんなに大量のチーズをもらっちゃってどうするんだよ」
手紙を運んできた牛の背には、チーズの塊が山積みになって括りつけられている。
「これ重たいんで、どうにかしてもらえませんか」
疲れ切った顔の牛に言われて、ノエルとゴードンは牛の背からチーズを下ろし、テーブルの上に運んだ。
ノエルは、暖炉の前で羊の毛にくるまっているキキに声をかける。
「キキ、チーズを使った美味しい料理を作ってよ」
ウトウトしていたキキは面倒臭そうに顔を上げ、ちらっとチーズの方に目をやる。その途端に、目がキラキラと輝き出した。
「うわあ! こんなにたくさんのチーズが食べられるなんて夢みたい。これはもう、チーズフォンデュにするしかないわね」
キキはすっかり目が覚めたようで、必要な食材を思いつくままに挙げていく。
「まずは材料ね。チーズはあるから、コーンスターチに白ワイン、それからニンニク! あとはパンや野菜、ソーセージなんかもあるといいわね」
「ニンニクはあるけれど、コーンスターチや白ワインなんかうちには無いよ。ソーセージも今朝食べちゃったし。パンはバゲットが少し残っていたかもしれないな。野菜はジャガイモとタマネギで良ければ常備しているよ」
ノエルが言うと、キキは不満そうに口を尖らせる。
「全然材料が揃わないじゃない! この役立たず!!」
それからちょっと考え込んで、キキはレシピを変更した。
「コーンスターチと白ワインは小麦粉と牛乳で代用するとして、あとは彩りになるようなブロッコリーやニンジンが欲しいわね」
キキが口笛を吹いてリスを呼びつけると、床下の食糧庫を漁っていたリスがすっ飛んできた。
「お呼びですか、キキ様!」
「畑にいるウサギ達のところへ行って、ニンジンとブロッコリーを小屋まで持って来させろ」
キキが命じると、リスはフサフサの尻尾を揺らして素早く走り去った。
「ノエルは牛乳を持ってきてちょうだい! ゴードンはチーズを細かく切って、小麦粉をまぶしておくんだ!」
キキがテキパキと指示を出す。
「相変わらず人使いの荒い妖精だな」
ゴードンは小声でブツブツ文句をたれた。
「どうしよう。牛乳も無いんだけど、キキに怒られそうで言えないよ」
ノエルがオロオロしていると、ひと休みしていた牛が助け舟を出す。
「私、乳牛なんでミルク出ますよ」
「助かるよ! 悪いけどちょっと搾らせてもらうね」
ノエルは急いでボウルを取りに行き、牛の乳を搾り始めた。
「ノエル、このお鍋に牛乳を入れて温めて!」
キキが一番大きな鍋にニンニクをこすりつけながら叫ぶと、ノエルが搾りたての牛乳をドバドバと注ぎ込む。
牛乳が温まったところへ、キキが魔法で少しずつチーズを投入していく。
「まだるっこしいなぁ。ドサっと入れちゃえよ」
ゴードンが口を挟むと、キキがギロリと睨みつける。
「ちょっとずつ入れないと固まっちゃうだろ。チーズに粉をまぶしておくのも、なめらかに溶かすためなんだぞ。こういうひと手間が料理を美味しくするんだ。そんなことも分からない能無しは黙ってろ」
キキに罵倒されて、ゴードンは肩をすくめた。
そこへ、ふわふわのウサギ達がニンジンやブロッコリーを咥えてゾロゾロと現れた。
「手伝いましょうか」
アライグマも窓からひょっこり顔を出す。
ノエルは食糧庫からジャガイモを運んでくると、他の野菜と一緒にタライへ放り込んだ。
アライグマがゴシゴシ洗い、ゴードンはニンジンとジャガイモを皮付きのまま乱切りにしていく。
ブロッコリーを切っていたノエルが茎を捨てようとすると、キキがニンニクを投げつけた。
「食べ物を粗末にしちゃいけないよ」
ノエルは床に落ちたニンニクを拾い上げながら、キキに優しく言い聞かせる。
「そっちこそ、もったいないことをしないでよ。ブロッコリーは茎も食べられるんだからね」
キキはそう言うと、茎の表皮を魔法でするすると剥いた。ノエルがそれを受け取り、一口サイズに切っていく。
「蒸し野菜を作るよ!」
キキのかけ声で、ノエルは鍋に少しだけ水を入れて火にかける。そこへゴードンが適当に野菜を入れようとすると、キキの罵声が飛んだ。
「根菜から順に入れないと、ちゃんと火が通らないじゃないか! たまには脳みそを使え!」
「あいつ、絶対にろくな死に方しないぞ」
ゴードンは忌々しそうに口を歪めつつ、言われた通りの順番で野菜を入れてから蓋をした。
蓋の間から蒸気がもれ出し、水分が無くなった頃合いを見計らって火からおろす。
チーズの入った鍋と温野菜、それからバゲットをテーブルの上に並べて、みんなで席に着く。
キキ達はそれぞれ好きな食材をフォークに刺し、とろけた熱々のチーズを絡ませてから口に入れた。
チーズの塩気と野菜の甘みが口の中で混じり合い、絶妙な味わいを醸し出す。
ノエルは皿に野菜を盛り付けると上からチーズをかけ、手伝ってくれた動物達のところへ持って行ってやった。
「こりゃ旨いな! 今度は白ワインで作ってくれよ」
ご機嫌な様子でリクエストしたゴードンだったが、
「自分で作れよ」
とキキに冷たくあしらわれてしまった。
「ソーセージもあれば最高だったのに」
キキが残念そうな声を出し、ノエルは困ったように眉を下げた。
「今度たくさん買ってくるからね」
「ったく、ノエルが甘やかすからキキがつけあがるんだよ」
二人のやりとりを見ていたゴードンは溜め息をこぼす。
お腹がいっぱいになったウサギ達は、モコモコの身を寄せ合いながら昼寝を始めた。
食事を終えたキキもウサギの群れへと入り込む。
キキはやわらかな感触に包まれながら、雲の中にいるみたいな気分で夢の世界へと落ちていった。