第七話 君の名は
ガシャンといくつものガラスが割れるような音と、怒鳴る男の声が店内に響き渡る。ここはイングリド王都で人気のダイニングバー。人々が視線を向ける先では、四人の若者たちが店員に何やら詰め寄っていた。
「俺たちを待たせるなんて何様のつもりだ! 俺たちは世界を救う勇者パーティだぞ!」
怒気を宿した声で店員を罵っているのは、先日ラミリアに一撃でのされた勇者エルヴィンである。
「す、すみません! 当店では注文を受けた順に提供しているんで──」
「だまれっ!!」
エルヴィンが男性の店員を殴り飛ばす。鈍い音が響き店員は店内の床を転がった。ほかの客は不快な表情を浮かべたまま、その様子を遠巻きに眺める。
「何だよあいつら……勇者パーティだからって……」
「あれじゃその辺のチンピラじゃねぇか」
「だいたい、勇者つったってそれらしい仕事何もしてねぇくせによ」
そう、客たちが話す通りエルヴィンたちは何もしていない。魔王と魔族の討伐が彼らの仕事であるが、そもそもその魔王や魔族が一向に現れないのである。
そのため、やることがなく時間を持て余している彼らは、昼間からバーで宴会を開くことが多々あった。
ただ飲み食いするだけならよいのだが、飲み方が汚いうえに勇者パーティであることを傘にきて好き放題する彼らに、街の人々は辟易していた。
「ほんと気がきかないお店ね。ねぇエルヴィン、ほかのお店に行きましょうよ」
賢者マリアがエルヴィンの腕に自らの腕を絡ませる。
「ああ、そうだな。店員も客も感じ悪いからな」
自分たちのことは棚に上げ、遠巻きに見ている客たちを睨みつける。
「ほんと興醒めだ。よしお前ら、別の店で飲み直しだ」
魔法使いのジルと剣聖クルドにそう告げると、エルヴィンはマリアの腰に手を回して出口に向かった。
「あ、あの……! まだお代をいただいていませんが……」
帰ろうとしている勇者パーティに、先ほどとは別の店員が声をかけるが、彼らはそれを無視して店を出ようとした。
「ち、ちょっと!」
店員は黒いローブを纏った小柄な女の子の腕を掴んだ。
「……気安く触らないで!」
魔法使いジルがぼそりと何か呟くと、途端に店員の体が炎に包まれた。魔法を行使したのだ。店内はたちまち悲鳴と怒号に包まれる。
それを尻目に勇者パーティは悠々とその場を去っていった。
「あ? むっつり勇者が何だって?」
一旦カタリナと別れ城の自室へ戻ったラミリアは、着替えを手伝う侍女のバレッタに聞き返した。
「んもう、ちゃんと聞いてくださいよ姫様〜。ここ最近勇者パーティが街で好き放題してるらしくて、王城にまで何とかしてほしいって嘆願がきてるんですよー」
マジか。何やってんだあのアホどもは。
「今日なんてダイニングバーで酔っ払った挙句に代金踏み倒そうとして、お店の人が咎めたら魔法で攻撃してきたらしいですよー」
「はぁ? 舐めてんなあいつら……。もっかいヤキ入れとくか……」
着替え終わったラミリアはソファにどっかり腰を下ろす。バレッタが部屋を出ていくと、入れ替わりにヴァンが入ってきた。
「どうしたのラミ? いつもより顔怖いよ?」
「るせー。あのむっつり勇者どもをどうしてやろうかと思ってな」
「あー。バレッタさんから聞いたよ。そっちもそのうち何とかしなきゃだね。でも……」
「ああ……まずはあの豚だ。手筈はどうなってる?」
ラミリアはソファに片膝を立てて座ったまま愛剣を鞘から抜くと、刃の状態をチェックし始めた。
「ああ、問題ないよ」
「うっし。あとは夜を待つだけだな……にしても、やっぱこんな剣じゃ話になんねーな」
この世界で使われている剣は基本的に両刃の直剣だ。丈夫ではあるが切れ味が悪いうえに重く、何より抜刀術が使えない。
転生する前の世界で幼い頃から業物の日本刀を使ってきたラミリアにとって、この世界の剣は非常に使い勝手が悪い。彼女が剣聖と呼ばれるほど強いのは、ひとえに技術の賜物である。
「この世界には日本刀ないもんね。まあでも、前からラミが日本刀ほしいって言うから腕の立つ鍛冶師を探してはいるよ」
「見つかりゃいいんだがな。ま、それより今夜のことだ。時間をしっかり合わさなきゃならねぇ。あいつにも伝えてあるよな?」
「うん、大丈夫だよ」
心強い返事を聞きしっかりと頷く。
あとは夜を待つだけだ。
「うーむ……遅いのぅ」
贅肉だらけのみっともない体にバスローブを纏った大司教ドランは、ソファに体を沈めたままカタリナの来訪を待っていた。
「フヒヒ……それにしてもあの小娘は当たりじゃった。しばらく楽しめそうじゃな」
下卑た笑みをこぼしながら先日のことを思い出し、ドランのドランがむくむくと膨張し始める。
と、そのとき──
誰かがドアをノックした。
──やっときたか。
「入ってよいぞ」
カタリナが返事をして部屋に入ってきたが、何故か彼女はローブ姿でフードも被っている。
「何じゃその格好は?」
「誰かに見られたら困るので……」
なるほど。気がきく小娘ではないか。
ドランはソファから立ち上がるとカタリナのそばまで歩み寄り、ローブを剥いで体を抱き寄せようとした──が。
「ぐぼげぁああっ!!」
いきなりカタリナに殴られ、ドランはもんどり打って倒れる。
「……ぐぐ……な、なな、何をするかあああっ!!」
陸に打ち上げられたトドのような格好でカタリナを睨みつけながら喚き出す。その顔は憤怒の色に染まっていたが、次の瞬間一気に青ざめた。
「よう。豚野郎」
フードの下から現れたのは、この国の王女であり聖女、剣聖とも崇められるラミリア・ラングレン。
背後にヴァンを従えたラミリアは、ローブを脱ぎ捨てゴミでも見るかのような視線をドランに投げかける。
「な……なな……なぜそなたが……!?」
「うるせー。てめぇがやってたことはすべて丸っとお見通しだ。立場を利用して使用人の女の子からシスターにまで手ぇ出すなんざ、ほんと終わってんなてめー」
「ふ、ふざけるな! そうだ、あの使用人はどうした!?」
何とか自力で立ち上がったドランがキョロキョロと視線を巡らせる。
「あの子ならちゃーんとうちらが保護してんよ。さて、豚野郎……じゃねぇや大司教様。この状況どうするつもりだ?」
「ど、どうするもこうするもあるか! いくら王族とはいえ、エルミア教大司教の住まいに侵入し、あまつさえ暴力を振るうとは!」
精一杯の虚勢を張りながらラミリアを睨みつける。が、ドランのドランはすっかり縮み上がっているようだ。
「このようなこと、絶対に許されんぞ! このことは教皇様にもお伝えさせていただく!」
肩で息をしながら一気に捲し立てたドランは、勝ち誇ったような顔を見せた。
エルミア教のトップに立ち、すべての信徒を導く教皇の権力は絶大である。その権威を持ち出せばいかにラミリアといえど大人しくなるとドランは踏んでいた。
「くくく……どうした姫? 教皇の名を聞いて怖気づいたのか? 今なら、あの使用人の代わりにそなたが夜の相手をすれば不問にしてやろうではないか」
ニヤニヤとラミリアの全身へ舐めるように視線を這わせる。
「……そうか、よく、わかったよ」
勝った! そう確信した途端、ドランのドランが再び存在感をアピールし始めた。
「……ってことだけど、どうするよ。スーちゃん?」
ラミリアがドアのほうへ向かって声をかけると、一人の女の子が部屋に入ってきた。
黒い髪に蒼い瞳。年はラミリアと同じくらいに見えるものの、どこか近寄りがたい凛とした雰囲気を纏っている。
「ラミ、スーちゃんはやめろ」
スーちゃんと呼ばれた女の子は眉間にシワを寄せると、横目でラミリアを睨み苦言を呈した。
「えーー。スーちゃんはスーちゃんじゃーん」
唇を尖らせるラミリアを無視し、ドランの前へ進み出る。
「……組織が巨大になることの弊害だな。お前のような腐った奴が大司教になり、悪行に気づくこともできぬとは」
ドランを見下ろし吐き捨てるように言い放つ。
「な、なんじゃと貴様……わしが誰だかわかって言っておるのであろうな……!」
「当たり前だ」
「……! き、貴様は何者だ……?」
「……ドラン、余の顔を見忘れたか」
いや、暴れん坊な将軍さんかよ。ラミリアがこっそり胸のなかでツッコむ。
怪訝な目で少女を見ていたドランだったが、どんどん顔色が悪くなりやがて豪快な尻餅をついた。
「あ……ああ……あなた様は……!」
真っ青な顔で全身をガクガクと震わせ始める。
「まさか……教皇猊下……!?」
「ふん……組織の頭くらいは覚えておったか」
ドランはみっともないほど狼狽え慌てると、穴が空くほど額を床に擦りつけて土下座した。
そう。彼女こそ齢16にしてエルミア教の頂点に君臨した教皇、スーリア・マリアンヌである。
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「森で聖女を拾った最強の吸血姫〜娘のためなら国でもあっさり滅ぼします!〜」連載中!
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