皇宮にいる人たち
不思議なことに、こうして廊下を歩いていてもだれとも会わない。
夜だから?
そんなことをかんがえていると、大きな扉が見えてきた。
衛兵が四人立っている。
四人がいっせいに最敬礼をすると、カストも敬礼を返した。
大きな扉が開けられ、さらに奥へと入る。
すると、急に明るくなった。
あきらかにいままでの様子とは違う。
男女が控えていることに気がついた。
「バトーニ公爵令嬢。こちらは、この皇宮の執事長を務めているジェラルド・カルローネ。こちらは、侍女長のアーダ・フェルラッチ伯爵夫人です」
カストが紹介してくれた。
タキシード服にスラッとした体を包み、銀髪に銀縁メガネの渋カッコいいジェラルドが一礼をした。
「ジェラルド・カルローネと申します。公爵令嬢、ようこそお越しくださいました」
「侍女長のアーダ・フェルラッチと申します。公爵令嬢、お待ちしておりました」
それから、赤毛でコロッコロの体型のアーダがやわらかい笑みとともに一礼した。
「ナオ・バトーニと申します。よろしくお願い致します」
「お荷物は、お部屋に運んでおります。よろしければ、明日、侍女に整理をさせますので」
「いえ、大丈夫です。大した量でも物でもありませんので。自分で出来ます」
ジェラルドの申し出にブンブンと首を振りつつ答えた。
「では後程、専属の侍女をうかがわせますので」
アーダが言ってくれたけど、恐縮しまくってしまう。
怖すぎる。これっていったい、どういう状況なの?
カストにうながされ、とりあえず二人にお礼を言ってからまた彼の後を追った。
「あの、どこに行くのですか?わたしだったら、こんな立派なところではなく街の旅館とか宿舎とかでいいんですけど」
先程の大廊下とは違い、ここの廊下は明るい。それに、過度な装飾品もないから落ち着く。
「あ、お気に召しませんか?」
前を歩くカストは、弾かれたようにこちらに体ごと向いた。
すごく慌てている。
「いえ、そういうわけでは……。ただ、わたしは不要な人間。無理矢理ついてきてしまったんです。それをこんなところですごさせてもらうなんて、申し訳なさすぎます」
「不要な人間?陛下があのように言ったのは……」
カストは、言い淀んだ。かすかに首を左右に振ってから言葉を続ける。
「公爵令嬢、そのようなことはおっしゃらないでください。人間は、この世に生まれたからにはだれしも必要とされているのです。不要な人間なんてだれ一人いやしません。もっとも、クズは存在しますが。そんなクズも、クズなりに必要とされているのです。ほら、目的の部屋は目の前です」
彼の言葉で胸がチクリとした。
わたしは、不要な人間などではない。
それがたとえ社交辞令だったとしても、そんなことを言ってもらえたのははじめてである。だから、正直に言うとうれしかった。
伏せていた目を上げると、目の前に大きな扉がある。重厚そうなその大扉は、廊下の一番奥にあたる。
ということは、皇帝の居室かしら?
その証拠に、大扉の左右に衛兵が立っている。
彼らもまた、カストに最敬礼をした。
「陛下は?」
「お待ちです」
カストの問いに答えた衛兵も、もう一人の衛兵もすっごく大きい。
どちらも腰に大剣を帯びている。
「顔っ!」
カストが唐突に怒鳴ったので、驚いて体がビクリとしてしまった。
「公爵令嬢、怒鳴ったりして失礼いたしました。公爵令嬢、向かって右側のウベルト・ディーニにはくれぐれもお気をつけ下さい」
カストは、向かって右側にいる髭面の衛兵を指さした。
「どうしようもない女好きなのです。ですが、何か欲しいときや飲み食いしたいようなときには、遠慮なく甘えて下さい。いくらでもおごってくれますよ」
「閣下、やめて下さい。美しいご令嬢のわたしに対する心象が悪くなってしまいます」
「ふんっ!すでに髭面でバカでっかいってところで、ご令嬢はビビっていらっしゃる」
「だまれ、トーニオ。おまえもでかいだろうが」
大きな二人が口喧嘩をはじめた。
思わず、ふきだしてしまった。