皇宮にて
カストは厩務員に事情を説明した上で、ルーポの世話をお願いしてくれた。
荷馬車の方は、厩舎で使ってもらえるらしい。
「ルーポ、また来るわね。厩務員の人たちを困らせないでね」
「ブルルル」
ルーポの鼻筋をなでながら声をかける。
「立派な黒馬ですね」
そう声をかけてきたのは、四十代後半くらいの立派な体格の男性である。
つなぎの作業服の上からでも筋肉質なことがわかる。
すっごく渋い男前で、右頬に刃物による傷痕が走っている。
彼は、青鹿毛の立派な馬を連れている。
「厩舎を任されています、ガリレオ・ブランカです」
「はじめまして。ナオ・バトーニと申します。それから、愛馬のルーポです。そちらの馬、すごく速そうですね」
彼が連れている馬に視線を送った。
「竜帝の愛馬でルーナです。ルーポ?狼、ですか?」
「ええ。彼とわたしが出会う前の話なのですが、彼が仔馬のときに放牧場に侵入した狼たちを蹴ったり追いかけまわしたりして、最終的に狼たちを追い払ったらしいのです。その逸話をきいて、ルーポと名付けました。だからといって、けっして気性が荒かったり暴れたりなんてことはないのですよ」
言い訳がましかったかしら?
だけど、ルーポはほんとうにおとなしくっていい子なんですもの。先入観で扱われてしまったら可哀そうですものね。
「どうかご心配なく。わたしも馬の面倒をみるようになって三十年は経っています。馬の目を見れば、おおよそわかります。どうやら、ルーポはこのルーナに負けず劣らずいい馬のようです。走りも性質もね」
ガリレオは、そう言うとニッコリ笑った。
えくぼがとっても可愛い。
彼になら、安心してルーポを任せられるわね。
ルーポの手綱を彼に任せると、ルーポはすぐに彼の頬に鼻をフニフニした。
この鼻のフニフニは、たまらなく気持ちがいいのである。
ガリレオにルーポのことをあらためてお願いをし、厩舎を後にした。
カストは、わたしを宮殿に連れて行ってくれた。
かんがえてみれば、わたしは無理矢理ついて来ているようなものである。
軍の官舎の倉庫とか、宮殿内の用具入れとか、そんなところでも文句は言えない。
ただ、しばらくは置いてもらいたい。
はじめての国である。
というよりか、物心ついてからずっと王族に仕えてきた。聖女として、妃候補として。
王都から出たこともなかった。
それに、わたしが出来ることと言ったらごくわずか。
料理やお菓子作り、掃除洗濯、こういった料理や家事は人並みには出来るけれど、それが侍女やメイドとして通用するかと言えばかなり怪しい。
それ以外に出来ることは、正直ない。
だから、いますぐ街にほっぽりだされたら、それこそ路頭に迷ってしまう。確実に、餓死確定だわ。
だからこそ生活に慣れるまでは、いえいえ、可能であれば職がみつかるまでは、どこかに置いてもらいたいのだけれど……。
身勝手すぎるわよね
だけど、わたしの頭はそのことでいっぱいである。
それにしても、立派な宮殿よね。
廊下をあるきながら、キョロキョロと見まわしてしまう。
大理石で出来ているその廊下は、ずっと伸びていて先が見えない。
等間隔に灯りが設置されているけれど、大きな廊下は薄闇に包まれている。
見上げると、天井も高い。等間隔に高窓があり、そこから月が見える。
左手の壁際には絵画が等間隔に飾られているし、右手には像やオブジェが等間隔に並んでいる。
見慣れたアロイージ王国の宮殿もけっして小さくも貧相でもなかった。だけど、ここは比べものにならないくらい広大で立派だわ。
なにより、歴史を感じさせる。
なにせバリオーニ帝国の方が、アロイージ王国よりずっとずっと歴史が古いのだから当然よね。
カストは、なんの迷いもなくどんどん奥へと歩いて行く。