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ジルド皇子

 あれが噂の左竜将軍のジルドね。

 フランコとカストの異腹の兄皇子……。


 こんなこと言えるような資格も権利もないけれど、彼はダメだわ。


 わたしの根底にある聖女の精神こころが震えている。


 邪悪なものを感じる。


 これまで様々な人を見たり感じたりしてきたけれど、こんなに邪悪の精神こころを持つ人は初めて見たし、感じた。


 背筋に冷たいものが走る。


 フランコとカストが警戒していたのがよくわかるわ。


 見た目はカッコいい。美しい顔にスラッとした体格。


 だけど、その碧眼は冷たい。冷たいというよりかは、冷酷非情さがありありと浮かんでいる。


 ジルドは、今回のドラーギ国との戦争でいかに自分が活躍して勝利に導いたかを得々と語った。それから、戦後の処理をうまく行ったかも。


「嘘つき」


 エルマの独り言は、やけに大きかった。


 周囲にきこえたけれど、みんな知っているのね。


 ほとんどの人が苦笑している。


 ジルドのつぎは、デボラである。


 彼女は、「舞踏会に来てくれてありがとう」的なことを述べた。


「笑っちゃうわ」


 エルマがまた大きな声で独り言を言った。


 そして、周囲の人たちの苦笑を誘った。


「今宵は存分に楽しんでください」


 宰相がしめると、楽団の演奏が再開された。


 参加者は、思い思いに散って行った。


 わたしの焦りは、まったくの杞憂に終わった。


 はたして何人の人が、この舞踏会の趣旨を知っているのかしら。


 わたしという存在を知っているのかしら。


 ホッとした半面、宰相やジルド皇子の専横ぶりを危惧してしまう。


 あっ、わたしが危惧しても仕方がないわよね。


 苦笑せずにはいられない。


「くだらない茶番が終わったところで、美味しい料理やスイーツを制覇しに行きましょうよ」


 エルマがわたしの手をひっぱった。


 料理やスイーツが並んでいる長テーブルに向かう。


 舞踏会とはいえ、いまはまだ踊っているカップルは多くない。


 ほとんどの人が、お酒を飲みつつ談笑している。


 ボルディーガ侯爵と侯爵夫人も、どこかの貴族夫妻に声をかけられ、話をはじめた。


 これ以上、わたしに付き合わせるわけにはいかないわよね。


 だから、エルマに引っ張られるに任せた。


 一応名目上の紹介は終わったんだし、エルマの言う通り食べることを楽しみましょう。


 というわけで、エルマと二人で気合を入れて食べはじめた。


「あらあら、『押しかけ聖女』と『馬きちがい令嬢』じゃない」


 しばらくすると、トラブルがやって来た。 


 当然、それはデボラ・ガンドルフィ公爵令嬢以外の何者でもない。


 彼女の派手なドレスが際立っている。


 わたしのお姉様は、派手である。聖女だからこそ、おとなしめでやさしくやわらかい外見や内面を必要とする。


 たしか、お姉様も子どもの頃はいまほどひどくはなかった。たしかに、流行りの柄とかデザインとかを欲しがった。だけど、それは他のご令嬢たちも欲しがる常識の範囲内だった。


 いつ頃からあんなに派手になってしまったのかしら。


 もっとも、そんなことをいまさらかんがえても仕方がないんだけど。


 とにかく、そんな派手すぎるお姉様よりよほど派手な色合いとデザインのドレスと靴を着用し、髪型と化粧を施している。


 そんな彼女にどう対応したらいいのかかんがえているところに、エルマがにっこり笑いかけた。


 ちょっかいを出してきた彼女に、ではなくわたしに。


「きいた、ナオ?あなた、『押しかけ聖女』って言われているわよ」

「ええ、きいたわ。エルマ、あなたは『馬きちがい令嬢』ね」

「じゃあ、言ったご本人はなんなのかしらね?」


 彼女はおどけたように言うと、豪快に笑った。


 その笑いに誘われ、わたしも笑ってしまった。


 周囲にいる貴族子息や令嬢カップルたちも、わからないように笑っている。


「なんですって?あいかわらず口の減らない女ね?エルマ、あなたは誰もが知っている馬きちがいじゃない。それから、彼女は……」


 デボラはフンと鼻を鳴らしつつ、わたしを指さした。





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