舞踏会
舞踏会は、表向きはわたしが主役。だから、ボルディーガ侯爵がエスコートしてくれた。
男性にエスコートしてもらうなんて、当然初めてのこと。
侯爵夫人には申し訳ないし、こんなわたしをエスコートする羽目に陥った侯爵にも申し訳ないと思う。だけど、うれしくて照れ臭い気もする。
大広間に入った瞬間、その豪華さと規模の大きさに唖然としてしまった。
皇宮専属の楽団が厳かに演奏している。それから、壁際には何十種類もの料理やスイーツが並んでいる。
見知った侍女たちやこの夜の為に雇われたメイドたちが、酒を配ったり要望をきいたりあちこちで駆けまわっている。
そして、出席している人の数がまたすごい。
二百人?三百人?
とにかく、大広間内にいっぱいいる。
視界に入るだけでも、素敵な衣装に身を包んでいるカップルばかり。
緊張が嫌でも増してくる。
エルマの推測では、わたしの紹介は一瞬のこと。いいえ。紹介してくれるかどうかも微妙な状態らしい。
もしも紹介されたとしたら、たとえ一瞬でもこれだけの人に注目されることになる。
もしかして、一言二言でも挨拶しなきゃならないの?挨拶の文言をかんがえておかないといけなかった?
侯爵といっしょに歩きながら、焦りはじめた。
「ナオ、ナオ」
そのとき、エルマがうしろから呼びかけてきた。
「見てよ。攻略しないといけない料理やスイーツがたくさんあるわよ」
彼女に左耳にささやかれ、緊張や焦りが軽減された。
さすがよ、エルマ。
彼女に感謝せずにいられない。
「お集りの皆さん」
そのとき、大広間の中央部に一人の男性が現れた。
「あれが、「頭残念」の宰相よ」
「エルマ、声が大きいわ。失礼よ」
「あっ、ごめんなさーい」
いまのは、ささやかれたのではない。ふつうの声の大きさだった。すぐに侯爵夫人が窘めたけど、あまり真剣な感じではなかった。エルマは侯爵夫人に対してペロリと舌を出しつつ謝ったけど、全然「ごめんなさい」って感じじゃなかった。
だけど、たしかに宰相は「頭残念」ね。
宰相の頭は薄い。全体的に薄い。男性にしては背が低く、お腹まわりも残念だわ。タキシードのボタンがいまにも飛んでしまいそうなほど。だけど、人間は外見じゃない。
内面よ。
心からそう思う。いえ、願っている。
宰相は、さっそく口上を述べはじめた。
あっ、声はとてもいいわね。惚れ惚れしてしまう。
彼の名は、ファウスト・ガンドルフィらしい。
「ほう。パートナーがおらず、ボルディーガ侯爵がエルコートしているようですな。そちらのレディは、隣国からやって来た聖女です。どうやら陛下がアロイージ王国から拾ってきたのか、あるいは押し付けられたかされたようです」
宰相は、おざなりにわたしを指さした。
周囲の人たちには注目されたけど、周囲以外の人たちにわたしがが見えるわけもない。
正直、ホッとした。
「娘の婚約者であるジルド皇子が、ドラーギ国より無事帰還しました。じつにめでたい。それから、本日は娘の誕生日なのです。どうか祝ってやってください」
宰相は、そう続けた。
エルマ。あなたって、もしかして聖女だったのね。しかも、大聖女よ。
彼女、先を見通す力があるのよ。
こっそりうしろを見ると、エルマが美貌にニンマリと笑みを浮かべている。
「ジルド皇子」
宰相が手招きをすると、青年がデボラの腕をエスコートしつつ現れた。




