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虐待の跡

 ボルディーガ侯爵夫人とエルマは、わたしが準備を始めようとしたタイミングで来てくれた。


 お直しした侯爵夫人のドレスは、昨夜届いたらしい。それを持って来てくれたのだ。


 侯爵夫人は、いまでもうっとりするほど美しい。ドレスのデザインや色合いが上品であることは言うまでもなく、化粧も控えめ、靴や装飾品も控えめな感じで侯爵夫人の美しさを際立たせている。


「まあっ、エルマ。あなた、見違えたわ」


 大げさかもしれないけれど、エルマを上から下まで五度見直してしまった。


 それほど変わってしまっている。


 彼女は、もともと美しい。土台がいいから、ドレスだろうと乗馬服だろうときれいなのは言うまでもない。


 活発なレディは、いまはドレスを着用して「ザ・レディ」という感じ。


 やっぱり土台よね。


 あらためて思い知らされた。


 フィオナと侍女長のアーダが手伝ってくれる。というよりも、二人がそれなりに支度してくれた。


 侯爵夫人とエルマは、長椅子に座ってその様子を眺めている。


 化粧は薄っすらと。だれにでも不気味がられる短い黒髪は、ナチュラルなままにしてもらった。その黒色の短髪を、上流階級で流行っているというアーティシャルフラワーの髪飾りで飾ってもらった。


 いよいよドレスを着用する。


 ここのところの静かで穏やかな日々にすっかり慣れ親しんでいることと、舞踏会のことで頭がいっぱいいっぱいで、自分の体のことをすっかり失念してしまっていた。


 着古したドレスを脱がせてくれてコルセットだけになった瞬間、フィオナとアーダが息を飲んだのを感じた。


 そこでやっと思いだした。


 腕や足や体に、痣や傷痕や火傷の跡があることを。


 フィオナには自分のことは自分でやると宣言していたので、これまで見られるタイミングはまったくなかった。

 それで安心していたのもあったのかもしれない。


 しまったと思ったときには、スタンドミラーにエルマが映っていた。それから、侯爵夫人の姿も。


「ナオ……」


 うしろに立つエルマに向き直ると、彼女はただ静かに涙を流している。


 衣服を身につけていては見えないところについている痣や傷痕や火傷の跡を見れば、なにがあったか察して然るべきでしょう。


「エルマ、せっかくのお化粧が取れてしまうわ」


 どう取り繕っていいかわからない。だから、そんなことしか言えなかった。


「その、わたしが悪いのよ。なにせ「役立たず聖女」だから」


 狼狽えすぎている。自分でもなにを言っているかわからない。


 その瞬間、侯爵夫人に抱きしめられた。


 森林の中にいるような控えめな香りが鼻腔をくすぐる。


 気持ちが落ち着くにおいだわ。


 侯爵夫人は、わたしをしばらくの間ギュッと抱きしめてから解放してくれた。


 とくに言葉はない。


 もちろん、わたしも。どんな言葉を発していいかわからない。


「アーダ、フィオナ。ナオが風邪をひいてしまう前にドレスを着せてあげて」


 侯爵夫人は、何事もなかったかのように言った。


 すぐに支度が再開された。 


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