落ち着かないときをすごす
舞踏会当日まで、落ち着かないときをすごした。
大好きな乗馬や読書をしていても、気がついたら舞踏会のことをかんがえてしまっている。
フィオレやアーダ、ジェラルドや皇宮のほかの使用人たちが、あれこれと話しかけてくれたり世話を焼いてくれたりする。それから、エルマと乗馬をしたりお茶をしたりする。
そのお蔭で、ずいぶんと気が紛れた。
結局、エルマはわたし同様パートナーなしで出席するらしい。
「予定していた伯爵子息が、別の貴族令嬢と出席したいからと言って断ってきたの。たぶん、お父様とお兄様が裏で手をまわしたのよ。ドスケベなだけで中身のない、その伯爵子息のことが気に入らないから」
エルマは、皇宮の庭園でクッキーを頬張りながら言った。
乗馬を終え、戻ってきたところである。
「おやつにお召し上がりください」
皇宮の女性パティシエが、可愛らしくラッピングされたクッキーを手渡してくれた。
男性ばかりの厨房で活躍しているそのパティシエを、わたしは尊敬している。
「亡くなった父の背を見て育ちました。独り立ちする前に亡くなってしまって。せっかく父とおなじく皇宮の厨房でのお仕事をいただいたのです。いつか父を超えるパティシエになる、というのがわたしの夢なんです」
食堂でみんなで夕食を食べているとき、彼女が話してくれた。
わたしとおない年の彼女の瞳は、うらやましいくらいキラキラ輝いていた。
とにかく、エルマと二人で彼女の自慢のクッキーを堪能した。
庭園は、ちょうどダリアが咲き誇っている。
赤色や白色、黄色やピンクやオレンジ色。
たしか、ダリアには「栄華」や「威厳」や「優雅」というポジティブな花言葉と、「裏切り」や「気まぐれ」や「移り気」というネガティブな花言葉があったはず。
こんなわたしは、いつだってネガティブな花言葉がお似合いよね。
「ナオ。だから、舞踏会はいっしょにいましょうね。皇宮の大広間で行われるんですもの。料理もスイーツも、たくさんの種類があるに違いないわ」
エルマは、可愛らしくラッピングされている袋からクッキーをつまんでは口に放り込んでいる。
「エルマ、わたしに気を遣ってくれてありがとう」
彼女は、口ではそんなことを言っている。だけど、パートナーのいないわたしに気を遣ってくれているに違いない。
それがわかるだけに、申し訳なさが募る。
「そんなことないわよ、ナオ。かんがえすぎ、かんがえすぎ。ほら、あなたも食べて。そうじゃないと、全部わたしが食べてしまうから」
言われるまま、クッキーをつまんで口に入れる。
ほのかな甘さと、アーモンドの香ばしさが口の中に広がる。
美味しい。
単純だから、これだけですごくしあわせな気分になることが出来る。
「あなたの歓迎会なんだから、当然あなたが主役でしょ?だけど、ぜったいにデボラが目立つわよ。最初に、宰相があなたのことを「パートナーのいない隣国の聖女」って紹介するの。それから、長ったらしいどうでもいいような話をして、『娘の婚約者であるジルド皇子が、ドラーギ国より無事帰還しました。じつにめでたい。それから、本日は娘の誕生日なのです。どうか祝ってやってください』、なーんてことを抜け抜けと言うのよ」
彼女は、威厳のある男性の話し方をした。
きっと、宰相の物真似ね。
「残念だわ。宰相にまだ会ったことがないのよ」
残念ながら、会ったことのない宰相の物真似をされても思いっきり笑えないわ。
「そうだったわね。自分では似ているって思うのよ。お兄様なんて、同性だからもっと上手よ」
エルマは、兄の方がずっと物真似が上手だと自慢した。
なんだか微妙だわ。正直、どう反応していいかわからない。
「きっとそうなんでしょうね」
だから、当たり障りなく言っておいた。
こんなふうにときをすごし、いよいよ当日を迎えた。




