不要だ
「急に立ち寄るなどと知っていれば土産の一つも準備したものを。急すぎて何も準備出来なかった」
アデルモは、急だろうと十年前から知らせていようと準備などする気もないのに平気で嘘を言うのね。
「手ぶらで返すのも気がひける。そうだ。わが国を守る聖女を一人やろう。二人いる内の守護力の強い方だ。なあに、わが国は力の弱い方でもなんら問題はない。おいっ、ナオ!挨拶をしないか」
突然呼ばれ、まだ心の準備が出来ていないので頭の中が真っ白になってしまった。
前にいる廷臣たちにぶつかりつつ、暗がりから前に出た。
まだ距離はあるけれど、竜帝のあまりの背の高さと威圧感に気圧されてしまった。だから、やっとのことでドレスの裾を上げて挨拶をした。
「陛下、ナオ・バトーニでございます」
声が震えていた。
「不要だ」
直後、竜帝がつぶやくように言った。
「わがバリオーニ帝国に聖女など不要だ」
「いや、聖女はいた方が安心だぞ。国を守護してくれる。気休めでも、一人いれば国は安泰だ」
「もう一度言う。聖女など必要ない」
「せっかく準備したんだ。それを受け取らんのは無礼だろう?それとも、アロイージ王国をバカにするのか。いいから持って帰ってくれ。ペットほどしか手間も食費もかからん。皇宮の隅にでも置いておけばいいではないか」
謁見の間がざわめきはじめた。
ここにいる廷臣や貴族や近衛兵たちが、アデルモのあまりの言葉に反応している。
どんなひどいことを言われてもかまわない。慣れているから。
小さい頃から、家族やアデルモだけでなく使用人たちにもずいぶんとひどいことを言われ続けている。
だから、どんなひどいことを言われてもわたしはかまわない。しかし、他国の皇帝を前にしてそんなことを平気で口にするのは、アデルモ自身の器量が疑われることになる。
いいえ。すでに程度の低い国王と思われているに違いない。
それが恥ずかしくてならない。
「くれてやるんだ。後は煮るなり焼くなりしてくれ」
アデルモは、最後の一押しをした。
竜帝がチラリとこちらを見た。
仮面の下の表情は、どんなかしら。
憐憫?蔑み?
いずれにせよ、いいものでないことは確かね。
「連れて行け」
唐突に、彼は踵を返して歩きはじめた。
竜帝を守護している兵士が二人、駆けて来てわたしの左右から手荒に腕をつかんだ。
「最初から素直に受け取ればよかったんだ。なあ、ビアンカ?」
「そうですわね。あの仮面の下は、見るに堪えない顔なんでしょう?だったら、ナオ程度で釣り合うわ。二人で慰め合ったらいいのよ」
アデルモとお姉様は、声量をはばかることなくそう言ってから大声で笑っていた。
二人の兵士に謁見の間から連れだされながら、なぜか「これでいいのかも」と思った。
「もう二度とこんなところはごめんだわ」、とも。
さらには「勝手に滅びなさい」、とも。
謁見の間から連れだされた瞬間、守護の力をとめた。
身勝手だけれども、もう二度とアデルモの為に聖女の力を使うことはない。
そう心に誓った。