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しあわせなひととき

 さっそく食事をいただいたけど、侯爵家とは思えないほどシンプルな料理で驚いてしまった。


 野菜が中心で、素材の味をいかした健康的なメニュー。それでいて、上品だし美味しすぎる。


 わたしにはぴったりのメニューだわ。


 品数も量もちょうどいい。

 侯爵とバルナバは、量を多くしているところが侯爵家の料理長の気遣いね。


 食事中も侯爵家一家のお喋り、というよりかは言い合いが止まらない。


 それをきくのがまた楽しすぎる。


 かといって、わたし一人が浮いているわけではない。要所要所に話を振ってくれたり、質問を投げかけてくれたり意見を求められたりする。


 そういうとき、なんの気兼ねもせずに答えたり述べたり出来ることが自分でも驚きである。


 これまで、なるべく人とは話さないようにしていた。まぁそんな気遣いをしなくても、そういう機会はほとんどなかったのだけれど。


 それでも、周囲はわたしを貶めようとわざと話をしてくることがある。そんなときは、うつむくだけにしていた。そうして、結局は「言葉を知らない役立たず」と貶められるんだけど。


 とにかく、いまはそういう気持ちはいっさいない。

 堂々と会話をしている自分に驚いてしまう。


 夕食後、エルマにボルディーガ侯爵家の屋敷内を案内してもらっていた。


 使用人たちの何名かは、屋敷の敷地内にある別棟や家で住みこんでいるらしい。


 独身者だけではなく、家族もいっしょに住んでいる人もいるとか。


 どれほどの敷地があるかはわからないけれど、帝都にある程度の敷地を有しているなんてすごい、と単純に驚いた。


 とりあえず、彼女の部屋や厨房など屋敷内だけをまわったけれど、それでも広いので時間がかかった。


 ボルディーガ侯爵家の歴史は古く、この屋敷もかなりの年代を経ているとか。


 いい意味での古さを感じる。華美な装飾品もないので落ち着ける。


 見た目とか見栄とかよりも機能重視ということがわかる。


 屋敷内を見て終わった後は、居間でお茶をということになった。


 厳密には、侯爵夫人とわたしはお茶で、エルマと侯爵とバルナバはお酒である。


 カモミールティーにクッキーが添えられている。


 クッキーは、プレーンにチョコにレーズン入り。


 それらは、一枚板のローテーブルの中央部分に置かれた丸いお皿上に整然と並んでいる。


 うそでしょ?ついさっきあれだけ夕食をいただいたというのに、まだ食べたいというの?食べたりないわけ?


 お腹のどこに入るっていうの?


 ほんと、不可思議だわ。


「スイーツとかおつまみって別腹よね?」


 真向かいの長椅子に座っている侯爵夫人と目が合った。


 上品で美しい顔にやさしい笑みが浮かんでいる。


「夕食を食べた後にとか、寝る前なのにとか、罪悪感を抱いてしまうわよね。今日一日がんばったささやかなご褒美って思えば、すこしだけお腹に入ってもまったく問題ないわよね」


 侯爵夫人は、お話や小説に出てくる悪魔や魔王のように誘惑する。


「いいじゃない。いま食べた分は、明日敷地内を散歩して消費すればいいんだし」


 そして、エルマも悪魔のささやきでわたしを悪い道にひきずりこむ。


 結局、食べてしまった。


 三種類とも。均等に味あわないと、ボルディーガ侯爵家のパティシエに申し訳が立たないから。


 甘さ控えめで美味しすぎる。


 気がついたら、カモミールティーを三杯おかわりしていた。


 クッキーは……。三巡目から数えるのをやめてしまった。


 そして、客間でぐっすり眠った。


 翌日は、散歩がてら敷地内を案内してもらった。


 そうして、はじめてのお泊まり会が終った。


 近いうちにかならず泊りに来ることを侯爵夫妻に約束し、ボルディーガ侯爵家をあとにした。


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