エルマの兄バルナバ・ボルディーガ
「でも、デボラもお相手がいないわよね?彼女のお相手は、左竜将軍でしょう?たしか、ドラーギ国で戦後の処理をしているってきいた気がするんだけど」
「それがドラーギ国の国都でやりすぎたらしくって、更迭されるみたいなの。その対応にカストだけでなく、陛下も行っているのよ」
「まあ、大変」
フランコやカストの心労を思いやると、気の毒でならない。
「だから、デボラはパートナーがいるわけ。でっ、どうする?招待を受ける?」
かんがえてしまう。招待を受けてパーティーに参加したらしたで面倒くさいことになる。だけど、体よく断って参加しなかったら、それはそれで面倒くさいことになる。
いずれにしても、面倒くさいことになるのは避けられない。
「エルマ、あなたはどうするの?」
「断りたいところだけど、行っても行かなくっても面倒くさいでしょう?それだったら、行って美味しいものを食べた方がいいわよね。それに、パートナーはいないわけじゃないから」
馬車の窓から見慣れた光景が見える。厩舎が現れた。
「わたしもあなたとおなじように、どちらにしても面倒くさいことになるわねって思うの。だから、わたしも行くわ。彼女は、今日のことでわたしをとことん邪険にするつもりでしょう。だから、何をされても気にしないわって虚勢をはっておくことにする」
「あなたって、ほんとうに聖女だったの?」
エルマは、心底可笑しそうにクスクス笑っている。
「そうね。自分でも疑ってしまうわ」
だから、わたしも笑ってしまった。
「冗談はさておき、ナオ。あなたって、ほんとうに強いわ。聖女とかは関係なくね」
彼女がそう言ったとき、馬車が停止した。
「そんなことはないわ。わたしは、周囲の言いなりでしか生きてこれなかったから。そうしないといけなかったの」
「ナオ……」
そのタイミングで、馬車の扉が開いた。
グレーのジャケットに包まれた腕が、差し伸べられた。
「お先にどうぞ」
エルマに促され、そのジャケットの手を取った。
そして、その手に導かれて地面に降り立った。
馬糞のいいにおいと言っては変に思われるけれど、わたしにとってはにおいも含めて馬に関することはなんでも「いい」に属する。
とにかく、地面の土ですら感触がいい。
ぺたっとした靴でよかったわ。
残念だけど、ルーポに乗ることは出来ないわよね。着古したボロのドレスであってもドレスはドレスだから。
そういえば、デボラの取り巻きの一人に「お祖母様のお古?」みたいなことを言われたわね。
そんなことをかんがえていたので、スーツ姿の青年がこちらを見つめていることに気がつかなかった。
「公爵令嬢、はじめまして。挨拶が遅れて申し訳ない」
バリオーニ帝国はすごいわね。
会う人会う人のほとんどが、美男美女ばかりじゃない。
メガネをかけた美しく知的な顔が、にこやかな笑みとともにわたしを見ている。
長身で足が長い。ブラウンの髪に同色の瞳。知的な顔つきだけど、けっしてきつい感じではなくやわらかい。グレーのスーツが彼の美しさをよりいっそう際立たせている。
んんん?彼の雰囲気ってどことなく覚えがあるような……。
「ちょっとお兄様、わたしには手を貸してくれないわけ?一応、わたしもいるんですけど」
そのとき、馬車の中からエルマが顔をのぞかせた。
「おっとすまない、愛する妹よ」
メガネの青年は、わたしにウインクをすると慌ててエルマに手を差し伸べた。
「ナオ、兄のバルナバ・ボルディーガよ」
彼女は、にこやかに紹介してくれた。
「おれは、バルナバ・ボルディーガ」
「ナオ・バトーニです」
「陛下より、機会があればご挨拶するようにと。それと、何か困ったことがあれば力になるようにとも命じられていたんだ」
「ありがとうございます」
エルマのお兄様なのね。
だから、雰囲気が似ているのね。
美男美女の兄妹だなんて、うらやましいわ。




