侯爵令嬢エルマ・ボルディーガ
「あらためて、エルマ・ボルディーガよ。エルマって呼んでね。ナオって呼ばせてもらってもいいかしら?よろしくね」
エルマはフォークを置き、つぎはクッキーをつまんだ。クッキーを口に放り込むと、こちらにその手を差し出してきた。
「もちろんです。ナオ・バトーニです」
手を差し出して彼女の手を握ろうとすると、指先にクッキーのクズがついている。
「いやだわ」
彼女も気がついたみたい。慌てて乗馬服に指先をこすりつけてクズを払った。
「あ、口許には生クリームが」
「ああ、まるで子どもみたいよね」
思わず、控えめに注意をした。ニヤニヤ笑いをしながら、だけれども。
そうすると、彼女はさっき払ったばかりの手で口許を拭った。
それから、あらためて握手した。
思いっきり二人で笑いながら。
「ナオ。小説まんまの悪役令嬢様とその取り巻きたちの相手をするのに忙しかったから、まだスイーツに手をつけていないでしょう?ガンドルフィ公爵家の料理人やパティシエの腕はすごいのよ。もともと皇宮で勤めていた人もいるから。遠慮はいらないわ。さあっ、食べて食べて」
「ええ」
彼女に勧められるままに食べてみた。
「とっても美味しい。でも、いいのかしら。主はいないのに」
「いいのよ。ねえ、ダリラ?」
彼女は、少し離れたところに控えている侍女に声をかけた。
「もちろんですとも、ボルディーガ侯爵令嬢。すべてお召し上がりください。本日は、パティシエが侯爵令嬢がいらっしゃると聞き、お好きな物ばかりをご用意しております」
「うれしいわ。ベニートに愛してるって伝えておいてね。ダリラ、またみんなで飲みに行きましょう。日程調整、お願いね」
「畏まりました。いつもありがとございます。みな、大喜びします。あ、お土産を準備してまいりますね」
「ナオの分もよろしくね」
「もちろんですとも」
侍女が去ると、彼女はまた勧めてくれた。
ケーキやクッキーを堪能しながら、彼女は教えてくれた。
定期的に自分の屋敷の使用人やガンドルフィ公爵家の使用人、それから他の貴族の使用人たちと街で飲んでいるのだという。
彼女自身はそれほどお酒に強くないけれど、そういう雰囲気が好きなのだとか。
なにより、貴族と付き合うより楽しくて心が休まるらしい。
とってもよくわかるわ。
共感せずにはいられない。
あらためて、彼女に助けてもらった礼を言った。
「やめてよ、ナオ。あなたに助けなんて必要なかった。いつでも助けようとスタンバっていたんだけど、結局、あなたは自力でだれかさんの傲慢な鼻っ柱をへし折ったじゃない。あまりにもしつこいから、しゃしゃり出ただけよ。それに、はやく二人っきりになりたかったし」
彼女は、もう何十枚目かのクッキーを頬張ってから続ける。
「ナオ、この後時間空いている?初対面で厚かましんだけど、乗馬に付き合ってくれないかしら?じつは、わたしの馬、皇宮の厩舎にいるの。あなたが、わざわざアロイージ王国から愛馬を連れてきているって聞いていたのよ。それで、居ても立っても居られなくなったわけ。じつは今日ここに来たのは、あなたに会いたかったからなの。どうせお茶会はすぐに終わるはずだから、っていうか、わたしが終わらせるつもりだったから、二人でここでお茶した後に乗馬が出来ればなって」
恐れ入ったわ。わたしに味方しようっていうだけでも変わっているのに、わたしを誘うなんて。




