陛下と馬とわたし
「だけど、聖女が乗馬というのは意外だな。あっ、すまない。いまのは偏見だな。たいていの貴族令嬢は乗馬をたしなんでいるから、聖女だからって乗馬をしないってことはないはずだ」
「いえ、いいのです。おっしゃりたいことはわかります。わたしにとって、乗馬は読書同様慰めなのです」
こんな個人的なこと、フランコはきいても面白くないはず。だけど、きいてもらいたかった。
「とくにルーポは、唯一の親友です。いいえ。兄であり、弟みたいなものです。ですから、彼がいなかったら、彼に出会わなかったらと思うとゾッとします」
自分で自分の身を抱きしめていた。
「ブルルルル」
ルーポが鼻を鳴らした。
彼は、勘がいいから自分のことを言われているとわかっているのね。
こちらに駆けて来て、馬場の柵越しにわたしの右頬に鼻を押し付けてきた。
わたしが傷ついたり落ち込んだりしていると、いつもこうして鼻を押し付けてくれるのである。
わたしが彼の鼻のフニフニが大好きなことを、よく知っているから。
「ブルルルル」
鼻を鳴らす音ともに、左頬をフニフニされた。
ルーナである。彼女が鼻を押し付けてきている。
「さらなる驚きだ」
フランコがつぶやいた。
「ありがとう、ルーナ。ルーポもありがとう」
右手でルーポを、左手でルーナを、鼻筋をなでる。
「ルーナ、ルーポとともにお友達になってね」
「ブルルルル」
彼女の耳がユラユラした。
彼女は、「もちろん」と答えてくれたのだ。
「ありがとう、ルーナ」
とってもやさしいレディだわ。
「ナオ。その、友達だったら、おれも……」
右横に立っているフランコが、何か言いかけた。
「陛下っ!そろそろ二頭に飼い葉をやりたいんですがね」
だけど、ガリレオの怒鳴り声で中断されてしまった。
「ああ、頼む」
フランコを見上げると、彼の美貌に拗ねたような表情が浮かんでいるような気がした。が、それも一瞬のことだったから、気のせいだったのかもしれない。
「そうだ。ナオ、近いうちに遠乗りに行こう。皇族の領地に景色のいいところがあるんだ。湖を見渡せる丘に、思いっきり駆けることの出来る草原だ。ルーナのお気に入りの場所でもある。森に行けば、いまの時期ならベリー狩りが出来る。昼食持参で一日羽を伸ばそう」
薄暗くなってきているのに、フランコの笑顔が眩しい。
気を遣って誘ってくれているのはうれしい。だけど、彼は忙しいはず。わたしなんかの為に時間をムダにさせてしまっては申し訳がない。
「フランコ様、お気持ちはありがたいのですが……」
「おお、それはいい。ルーナとルーポも大喜びしますよ。もちろん、ご令嬢も」
「ブルルルルル」
「ブルルルルル」
お断りしようとしたのに、ガリレオとルーナとルーポに邪魔をされてしまった。
「そうだろう、そうだろう」
フランコは、得意げにうなずいている。
「あ、いえ、フランコ様。やはりわたしは、ご遠慮させて……」
「さあっ、陛下。陛下もそろそろ夕食時ですよ。ほら、馬たちも腹を空かせてイライラしています」
「ブルルルルルルル」
「ブルルルルルルル」
もう一度お誘いを拒否しようと試みてみたけど、またしてもガリレオとルーナとルーポに邪魔をされてしまった。
しかも、ルーナとルーポは苛立たしげに前脚で土をかいている。
ど、どうして?断りたいのに断れない。
「楽しみだな。ガリレオ」
「陛下、お任せください。二頭とも、ちゃんと調整をしておきます」
「ナオ。では、行こうか。図書室は、夕食後に案内するよ」
「は、はい」
仕方がない。いま断われなくっても、これから断るチャンスがあるかもしれない。
ガリレオとルーナとルーポに挨拶してから、慌ててフランコを追いかけた。




