皇宮内を案内してもらう
「ナオ、いいんだ。さあ、頭を上げて。まず、おれが仮面をつけるのは、本気であることを知らしめるときなんだ。他国との交渉や戦争、帝国内でも政敵に対するときとか重要事項を決するときとか。それ以外でもつけるときはあるが、たいていはいま言った場合だ。それから、謝る必要などない。その、照れ臭かっただけだから。例の噂、つまりおれは世にも怖ろしい魔物や怪物と怖れられているからね。仮面をつけていようがいまいが、おれの顔をジッと見つめる人はいない。おれの顔を見つめでもしたら、目から刃物か飛び出してくるとか石に変身してしまうとか、多くの人が思っているのかもね」
彼の冗談に笑ってしまった。
「そういうわけで、ジッと見つめられて照れ臭かったというわけだ」
「申し訳ありません」
謝罪はいらないと言われても、謝罪せずにはいられない。
そんなわたしの謝罪を、彼は苦笑してスルーしてくれた。
「ところで、よく眠れたかい?」
「申し訳ありません」
また謝ってしまった。
「つい先程まで眠ってしまっていました。昨夜、お会いしたままの恰好でです。寝台の寝心地があまりにもいいものですから」
「それはよかった。昼食はもう終わっているね?もしよければ、いまから皇宮内を案内しようと思っているんだが。もちろん、厩舎にもよるつもりだ」
「ほんとうですか?ぜひ、お願いします」
「では、さっそく」
皇族の所有する敷地はかなり広く、テラスから見える森も当然その一部。皇宮内のすべてをまわるには、数日かかるらしい。
だから、普段かかわりのありそうな所だけ案内してくれた。
大広間に謁見の間、大食堂や小食堂、サロンや大きな居間、客殿や議場、それから厨房や庭園。そして、自慢の大浴殿。だけど、大浴殿は有事の際にしか使用しないらしい。
帝都で何かあった場合、帝都民に開放するのだとか。
ただ、いまのところはそういう機会はないらしい。
それにこしたことはないわよね。
図書室は最後にというわけで、庭園から厩舎に向かった。
「おや?陛下がいらっしゃるとはめずらしいですな」
昨夜紹介してもらった厩舎の責任者のガリレオは、すぐに駆けて来た。
「彼女を案内がてらな」
「ほう、これはこれは。竜帝がねえ。たいそう噂になるのではないですかね?」
「ガリレオ。なんだ、そのニヤニヤ笑いは。噂されるのは慣れている。彼女は、隣国からの大切な客人だ。それ相応の対応をして何が悪い?」
「これは驚いた。とにかく、ルーナとルーポを馬場に出しましょう」
まだ何か言おうとするフランコから逃げるようにして、ガリレオは厩務員たちとルーポとフランコの愛馬のルーナを馬場に出してくれた。
二頭は、馬場に入るなりうれしそうに駆けだした。
馬場も、普通の馬場より二倍ほどの広さがある。
柵に両肘を置き、仲良く駆けている二頭を眺めた。
よかったわ。ルーポにいいお友達が出来たみたい。
ルーポの機嫌は、思った以上どころか想像を絶するほどいい。
とても美しいわ。
二頭とも惚れ惚れするほど美しい。
人を乗せず、草原を駆けている二頭を想像してみた。
その荘厳すぎる光景にゾクゾクしてしまう。
「美しいな」
すぐうしろからフランコの声がきこえてきた。
「はい。ちょうど二頭の馬の美しさに魅了されていたところです。ルーナ……。月の光そのものの毛色ですね」
「ありがとう。だけど、気性は荒くてね。戦場でまったく物怖じしないし、他の馬を寄せつけようとしない。人間は、おれとガリレオしか受けつけないんだ」
「ルーナが?そうなんですか」
そんな感じには思えないけれど。驚きである。
驚きではあるけれど、彼女は強いのねとも思う。その強さがうらやましい気もする。
「ルーポとあんなふうに駆けているなんて、ガリレオと驚いていたところだ。ああ、ルーポの名の由来はきいているよ」
フランコはわたしの隣に来ると、おなじように柵に両肘をのせた。




