事情
「実際に、愚策を弄してきた連中がいるんです。聖女とか修道女とか偽ってね」
隣に座っているカストの説明で、なるほどと納得した。
それにしたって、このわたしが暗殺者?
フランコの首を斬る云々は別にして、そんな度胸や勇気があるわけがない。逆に、度胸や勇気がほしいものだわ。
「もちろん、すぐにそんなことはないと思ったよ。きみは、庭のバラにくっついている害虫ですら殺すのを躊躇うだろう?」
フランコの美貌にやわらかい笑みが浮かんでいる。
「わかるんだ。おれには、相手の心の中をのぞくことが出来る。もっとも、すべてというわけじゃないがね」
「だからですね?いま、小さな虫を殺せないって心の中で思っていましたから」
「いや、それは違う。きみの心をのぞいたのではない。あの、なんだったかな?」
「兄上。アロイージ王国の国王の名は、ブラマーニです」
「カスト、それは初耳だ。そうかブラマーニという名か。まあ、なんでもいい。とにかく、あのときにブラマーニの心の中をのぞいた。ナオ。きみが虫を殺せないと思ったのは、こうしてきみと話をしてそう直感しただけだ。さっきも言ったが、すべての人の心の中をのぞけるわけではない。のぞけない人もいるし、のぞけても一部分しか読み取れない人もいる。それに、いつものぞくわけではない。そんなことをしていたら、わたし自身の心が病んでしまうからね」
フランコの美しい顔を見ながら、大いに納得した。
人の本音や本性に晒されれば、だれだって精神を病んでしまう。
「だが、ナオ。きみの心はのぞけないな。聖女だからか、それとも他に何かあるのかはわからないが」
そうなのね。
よかった。ほんとうによかった、とホッとした。
これだけフランコのことを怖れていることを知ったら、彼は傷ついてしまうかもしれない。
ってバカね。わたしごときが怖れたって、彼は痛くもかゆくもないわよ。
心の中で、自分自身に対して苦笑してしまった。
「とにかく、これだけはわかってほしい。あの場できみに言ったことは、その、『不要だ』という言葉だが、けっしてきみのことではない。なんていうか、きみという女性のことではない」
先程までとは違い、しどろもどろに説明しようとするフランコを見ながら、彼は噂とはまったく真逆の人であるということに気がついた。
そういえば、わざとそんな噂を流していると言っていたわよね。
帝国の内外に「竜帝は冷酷非情」と噂を流せば、いろんな面で抑止力になる。
だた、その噂がとんでもなく尾ひれがついてしまっているだけなのね。
「陛下、お気遣いありがとうございます」
笑みを浮かべて彼に一つうなずくと、彼はホッとした表情になった。
「ところで、ナオ。きみの守護の力がなくなったら、アロイージ王国はどうなるんだ?」
フランコに問われ、わたしは率直に答えた。
隠したり偽ったりする必要はない。
聖女の家系で、代々国王の正妃になることが定められていること。わたし自身は姉のスペアとして、父が妾に生ませた子であること。姉とともに幼少から聖女として、王妃としての教育を受けてきたけれども、あくまでも姉のスペア。それなりの扱いしか受けてこなかったこと。
ほんとうはひどい扱いだったけど、そこは告げる必要はない。
聖女としてアロイージ王国の守護をしているけれど、それはわたしの力であること。姉や周囲は、それが姉の力だと思い込んでいて、わたしには力がないと思われていること。
その為に、わたしは役立たずのレッテルをはられ、よりいっそう扱いがひどくなっているという説明も割愛した。
竜帝がやってくるということで、その直前に王妃候補から外されたこと。「アロイージ王国を守護する聖女」として、つまり姉のかわりに竜帝の元へ行けと命じられたこと。
捧げものにされたということも、告げなかった。
本物の竜じゃあるまいし、いい気はしないでしょうから。
最後に、王宮を去った時点で守護の力は止めたこと。
そういったことを、感情をまじえず淡々と語った。




