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マガツヒの神 ~忘れられたラジオ~  作者: 印西たかゆき
3/3

帰還

「ん……」


 目を開けると、そこはどこかの病室であった。部屋の中は薄暗く、窓から差し込む月明かりだけが光源となっている。


(ここはどこだ?)


 私は起き上がると、周囲を見渡してみる。だが、これといって気になるものは置かれていない。


(そうか……戻ってきたのか……)


 そう考えた瞬間、私は自分の考えに思わず笑みを浮かべる……あの世界はいつの間にか、この世のものではない、どこか別の世界の出来事だと考えていたようだ。ぜひ、そうあってほしい。

 私は自分の身体に異常がないことを確認する。特に痛みを感じる部分もなく、目立った外傷もなかった。


(一体、あの後に何があったのだろうか……)


 私は記憶を呼び覚まそうとするが、あの出来事の後についての記憶が曖昧だった。まるで霧がかかったかのような感覚に陥る。


(とにかく今は、この部屋から抜け出すことを考えよう)


 しかし、その前に一つだけ確認しなければならないことがあった。

 私は窓際に近づき、外の様子をうかがった。するとそこには、いつもの見慣れた街並みが広がっていた。


「……」


 その光景を見て、私は改めて、ある確信を得る。


(間違いない……私は……戻ってきたんだ……)


 しかし、その事実は同時に、別の疑問を生み出すこととなった。私がおぞましい経験をしたあの世界は、いったいなんだったのかということだ。

 私があの場所に迷い込んだのは、間違いなくラジオが原因だろう。だが、なぜあのラジオは、私だけをあの世界に引き込み、そしてこうして戻してくれたのだろうか……。

 私にはその理由がわからなかった。そもそも、あの世界へ行くための鍵がラジオなのかどうかも定かではないし、あのラジオにそのような意思があるのかどうかも分からない。だが……それでも、私には他に気がかりなことがあった。


(茂森さん……)

 

 彼はおそらく、今もあの世界で妻のことを想い続けているのだろう。それほど強靭で確かな愛がなければ、あの世界で正気を保っていられる理由がわからない。


「……」


――いつか、会えますように――その願いが叶うかは分からないが、今の私はそう願わずにはおれない。私は拳を強く握りしめると、ゆっくりと深呼吸をした。そして窓際から離れると、扉に向かって歩き始める。だが、ドアノブに手をかけたところで、ふと立ち止まった。


(そういえば……)


 あのラジオはどうなったのかと思い、思わずポケットの中に手を突っ込んでみた。だが、そこにあの機械はなかった。


(……そうか……)


 私はそれを察し、静かに目を閉じた。

 その後、私は病室から出ていった。そして、再び夜の病院内へと足を踏み入れた。

 それからしばらく院内を探し回ったが、不審者やラジオを見つけることはできなかった。その代わりとばかりに、院内には見知った看護師達や警備員達の姿を確認した。

 私は仕方なく、一度屋上へ行ってみることにした。階段を上がり、鉄の扉を開くと、冷えた夜風が全身に吹き付ける。周囲を見渡すと、当然ながら誰もいなかった。

 私はその場に腰を下ろすと、空に浮かぶ月を見上げる。


「結局、無駄骨だったな……」


 私は自嘲気味に笑った。事件を解明するどころか、その中心人物に助けられてしまった。その原因もまた、あの世界に行ってしまった。まったくもって情けない話である。

 その時、背後から物音が聞こえたような気がして振り返る。しかし、そこには暗闇が広がるだけで何も見えなかった。


(……気のせいか)


 私は立ち上がると、屋上を後にした。そしてそのまま病院を出ると、車に乗り込む。エンジンをかけると、ライトをつけて走り出した。

 そのまま真っ直ぐ家に帰るつもりだったが、なぜか妙に心が落ち着かず、途中で車を停めると、近くのコンビニに立ち寄ることにした。

 店内に入ると、店員が眠そうな顔をしながら挨拶をしてくる。私は適当に飲み物を選ぶと、レジへと向かった。会計を済ませると、店を出て駐車場へと向かう。車のドアを開けると、車内からエアコンが作り出す冷気が漏れてくる。私は缶コーヒーを手に取ると、助手席に置いた。


「さて……どうするか」


 私は車にもたれかかると、腕を組みながら考える。このまま家に帰ってもいいのだが、なんとなく帰りたくはない気分だった。私は少しの間考えた後、近くにある公園へ向かうことにした。


                        ※


公園内にあるベンチに座ると、私は買ってきた缶コーヒーを飲む。冷たい液体が喉を通っていくと、不思議と気持ちが落ち着いてきた。


「ふう……」


 私は息を吐くと、目の前に広がる景色を見る。辺りには街灯があり、薄暗いながらも視界を確保することができていた。それからしばらくの間、ぼんやりとしながら時間が過ぎていく……すると突然、私の携帯が鳴り響いた。私は驚いてビクッとすると、慌てて電話に出る。


「はい!」

『あ、もしもし、私です』

「ああ……なんだ君か……」


 私は安堵すると、身体の力を抜いて背もたれに寄りかかった。電話の相手は助手だった。彼女は私が事件に関わっていたことを知っている数少ない人物だ。私は彼女に事件のことについて聞いてみることにする。


「それで……何かわかったのか?」

『え?あー……そのことですが……』


 彼女の歯切れの悪い反応を見て、私は思わず眉間にシワを寄せてしまう。すると、彼女が慌てた様子で口を開いた。


『ち、違うんです!実はですね……今日、先生の家に行ったんですよ!』


 私はその言葉を聞いて驚く。


「はぁ!? 私の家にだとっ!? 一体なぜ……」

『なぜって……そんなの決まってますよ! 心配になって夜に電話したら、老人の声で『彼女を助けてやってくれ』って……それで私、急いで先生の家に行ったんですよ!?』

「なっ……」


 私は唖然とした……彼女に私を助けるように言った老人…まさかその人は――。


「とにかくっ! 今どこにいるんですかっ!? すぐに迎えに行きますっ!」

「あ、ああ…ここは――」


 私は助手に、公園の場所を知らせた。そして、数十分後に彼女が来るまで待つと、一緒に家に向かうことになった。


「……」


 私は黙り込んだまま、助手席にいる助手の顔を見た。彼女は疲れているようだったが、どこか嬉しそうでもあった。


(そうか……君はそういう人間だったな)


 私は心の中で呟くと、小さく笑う。そして、視線を前に向けると、再び窓の外の風景を眺め始めた。


「……先生」

「ん…?」


 そのまましばらく車を走らせていると、助手が私に問いかけてきた。


「ラジオの件は……解決できそうですか…?」

「……いや、もう解決したのかもしれない…」


 私がそう答えると、助手は微笑んでいった。


「…そうですか…」


……確証があるわけではない。しかし、もう病院でラジオに起因する怪奇現象は収まると思う。あの夢と現実が曖昧になったような陰惨いんさんな世界で私が経験した出来事は、そのように結論付けるのに十分だった。


「先生……ありがとうございました」

「礼を言われる筋合いはないさ。結局、事件を解決したのは茂森さんであって、私ではないのだから」


 私は素直に自分の気持ちを伝えると、再び外を見始める。そして、不思議そうにこちらを見つめる助手を乗せたまま、しばらく車は走り続けた。


                       ※


「……」


――翌日。私はいつも通りに病院に通勤し、研究室にいる。もうそろそろ、院長に調査報告をしなければいけない時間だ。私は大きく深呼吸すると、気合を入れて立ち上がった。


(よし……行くか……)


 その決意を胸に院内を移動して院長室の前まで来ると、私は意を決して、扉を開く。そして、ゆっくりと室内へ足を踏み入れた。

 部屋に入ると、そこには院長がいた。彼女は書類を見ながら、難しい顔をしている。私は緊張しながら挨拶をすると、椅子に腰を下ろした。


「おはようございます……お忙しいところ申し訳ありませんが、調査の報告をさせていただきたいと思います……」

「……ええ、そうですね……では、聞かせてもらいましょう……」


 私は軽く咳払いをすると言った。


「まず、例の事件についてですが……やはり院長の予想通り、一連の現象の原因は、ラジオと茂森さんにあったようでした」

「ふむ……やはりそうでしたか」


 院長はため息をつくと、首を横に振った。


「まったく……なんでそんな物を持っていたのかしら……」

「それが……茂森さんいわく、あのラジオは自分が入院した時にはすでにあったと――」

「え、彼から聞いたのですかっ!?」

「……その…なんというか……」


 私がしどろもどろになっていると、院長はどこか納得したように頷いて言った。


「……わかりました。それで?」

「はい……茂森さんがこの病院に入院した際、すでにラジオは彼の病室に置かれていました。それで彼は――」


 そこで私は、茂森さんから聞いた話をぼかして――しかし、核心は外さずに院長に話した。


「……なるほど、そういうことですか……」


 院長は腕を組むと、しばらく考え込む。それからしばらくして顔を上げると、私に向かって口を開いた。


「確かに、あなたの言うとおりそのラジオが原因のようですね。私には、茂森さんもそのラジオの被害者のように聞こえます」

「……はい、おそらくそうだと思います……」

「ふぅ……困ったものね……」


 院長は大きく肩を落とすと、ため息をついた。


「あのラジオには本当に苦労させられました……一体、どこから……」

「それは……」


 私がそのまま黙り込むと、院長も同じように沈黙する。


「……まあ、仕方がないでしょう」


 院長は疲れた表情を浮かべながら立ち上がると、机の上に置いてある資料を手に取った。そして、それをパラパラとめくり始める。


「ところで……今回、あなたが調べた結果をまとめると、どういうことになるんですか?」

「はい……調査の結果、この病院を悩ませていた問題は解決しました。恐らく、これからラジオに起因する怪奇現象は全て収まるかと……」

「ほぉ……それはいいニュースですね」

「はい、ですが……」


 私は少し言い淀んだ後、思い切って言葉を続けた。


「一つだけ……どうしてもわからないことがあるのです。これは、私の個人的な疑問なのですが……どうして、茂森さんはこのラジオを処分しなかったんでしょうか? 

 いくらでも機会はあったはずなのに……」

「ああ……まぁ、愛する奥さんと一緒にいたかったんじゃないでしょうか? 普通なら、死んだ人間と話ができるなんて、ありえません。でも……もし、それを可能にすることができるなら……」


 院長はそこでまた、大きく息を吐いた。


「あのラジオを捨てることができる人なんて……果たしているんでしょうか?」

「……」


 私は無言のまま、何も答えることができなかった……その可能性を否定することができなかったから……あのラジオは、今もどこかにいる失意の人物の手の中にあるのだろうか? 茂森さんや、あの白衣の不審者達がいる世界を携えたまま……。


「……」


 私は無意識のうちに、自分の頬に触れてみる。すると、そこには乾いた涙の跡があった。


「まぁ……これから特に何も起きることがないようなら、この件はこれで終了ということにしましょう。お疲れさまでした」

「はい、ありがとうございます……」


 私はそう言って、院長室を後にした。そして、研究室に戻るために廊下を歩いていく。


(結局……茂森さんを救うことはできなかったが……)


 私は窓の外を眺めると、大きく息を吐き出す。そして、そのまましばらく立ち尽くしていた。


(だが……これでよかったのだ)


 私は自分にそう言い聞かせる。そして、研究室に戻ろうと振り返った。


「――ありがとう……」

(――ッ!!?)


その時、私は脳裏に突然声が響いた。


(なんだ……今、一瞬……)


 私は思わず、その場で硬直してしまう。だが、周囲を見渡しても人影は見当たらない。


「……気のせいだったのか?」


 あの声……どことなく、茂森さんに似ていたような気がする……私はしばらくの間、その場に立ち尽くしていたが、やがてゆっくりと歩き始めた。

 研究室に戻ると、助手のあいさつに返事を返して席に着く……ふと、窓の方を見てみると、今日も太陽は元気に核融合をしていた。いつも通り、今日も日本の夏は暑い……。

 だが……もう二度と、この病院でラジオに関わることは起こらないだろう……何故だかそんな予感がした。

以上で、夏のホラー2022作品の投稿を終了させて頂きます。

ありがとうございました。

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