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旅立ち


 【紅龍】のパーティーの証であるバッジを受け取ってから2日。

 ルーク古書店の前には、彼が冒険者になるため一時店を閉めると聞いた常連客や近所の商人仲間が集まっていた。


「みなさん、俺のために朝早くからすみません」


「なにを言うか! お主には実に世話になった! あれほど見事な翻訳のされた書物を読めなくなるのは残念じゃが、ルークの夢が叶うと言うなら、せめて見送りくらいさせてくれ!!」


 ルークの店を1番懇意にしていれていた老人が「のぉ、皆の衆!」と音頭を取ると、集まった20人ほどの人々が「そうだぜ!」「頑張れよ!!」と声援を送る。

 思えば、生まれ故郷のルドウィックでの17年よりも、この地、タベルトンで過ごした半年余りの時間の方がよほど優しい思い出に満ちている。


 ルークにとって、この街は既に第二の故郷となっていた。


「いずれはここに帰って来て、古書店も再開したいと思っています。それまでは、隣の酒場の主人であるマルコイさんに店の管理をお願いしているので、皆さんも古書がご入用の際は勝手に持って行ってください! 信用貸しと言う事にしておきます! あ、でもちゃんと返してくださいね? じゃないと、腕自慢の冒険者になった俺が取り立てに行きますから!」


 一同が「あははは」と笑う。

 ルークもそれにつられて笑顔になる。


 彼は、情の無かった家族に追放された身であるが、流れ着いたこの場所で家族よりも温かい繋がりを手に入れていた。


 絶対に冒険者として名を挙げて、この街に戻って来よう。

 そして、その時にはこの辺境の地を自分の力で盛り上げていこう。


 そんな決意を胸に、ルーク・ファシードはタベルトンから旅立った。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 タベルトンから1番近い冒険者ギルドにて、ルークは【紅龍】の3人と合流する事になっている。

 最寄りのギルドはリンガラムにあった。


 リンガラムは帝国領西の中核都市で。西側の各地から人や物、そして情報が集まる。

 また、ファシード家とも関りが深い都市であり、ルークの父であるダドリックが若い頃に軍を率いてこの都市の警備の任に当たっていた時期があった。


「はい、到着ですよ。お客さん」

「これはどうも。おいくらになりますか?」


「帝国銅貨10枚で結構です。なにせ、牧草と一緒に運んじまいましたから。居心地が悪かったでしょう?」

「いえいえ、割と快適でしたよ。では、代金です。お世話になりました」


 タベルトンからリンガラムまでは馬車で半日かかる。

 【紅龍】から秘伝書の翻訳の前金として受け取ったお金はほとんどを留守の間の古書店を維持するために使ってしまったので、ルークとしても安価で移動できたのは幸運だった。


 街の案内所で冒険者ギルドの場所を聞いて、逸る気持ちを抑えられずにルークは小走りで約束の場所に向かう。

 集合時間まで1時間もあるのにである。


 少しくらい観光でもすれば良いものを、今のルークには冒険者として第一歩を踏み出す事しか頭になかった。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 冒険者ギルドには10分とかからずに到着する。

 扉を開けて中に入ると、屈強な戦士や優雅な出で立ちの魔法使い、拳法家や重装兵など多くの冒険者が居た。


 当然である。冒険者ギルドに肉屋や両替商がいては困る。


 ルークは目を輝かせていた。

 「これから、この人たちの仲間に俺はなるのか」と思うと、ソワソワしてしまう。

 そんな浮足立っているルークの元へ、3人の男が近寄って来た。


「お前、ファシード家の落ちこぼれのルークとか言うヤツだろ? 知ってるぜ?」

「はあ。確かに俺はルークですが」


 ファシード家から末弟のルークが勘当された事は、新聞によって報道されていた。

 それほどまでにファシード家の名は帝国内で有名であり、ルークの家族は「出来損ないの息子を1人放逐した」とわざわざ報じさせる事で、本来なら家名に傷がつく事態を「帝国のためならば使えぬ者は子でも切り捨てる」と言う気高い思想とやらで上手くカモフラージュしていた。


 タベルトンにもその情報は少し遅れてもたらされ、顔写真付きで新聞に載っている自分を見て「相変わらずだなと」ルークは呆れていた。


 つまり、彼は有名人なのである。

 もちろん、悪い意味での。


「お前、ゴミみたいなスキルを与えられて、ゴミみたいに捨てられたんだよな? それがなんで冒険者ギルドにいる? ああ、おつかいか何かだろ?」


 リーダー格の男がいやらしく口元を歪め、取り巻きの2人も「へっへっへ!」と大笑いする。


「……まあ、前半については事実なので、否定はしません。ただ、俺も今日から冒険者になるので! 先輩方から色々と学ばせてもらいますよ!」


 ルークは無駄な争いを好まない。

 「争いは同じ程度の人間同士でしか生まれない」事をよく理解しており、目の前にいる男たちと同レベルに成り下がるのは彼のプライドが許さなかった。


「はーっはは!! 聞いたかよ! ゴミスキルのファシード家のお坊ちゃんが、冒険者だとよぉ! ヤメてくれ、笑い過ぎて腹が痛くなってきた!! おい、お前、言ってやれ!」


「おう! こいつはニコラルドって言う《弓使い》でな! 昨日もホブゴブリンを3匹も仕留めたほどの腕前よ! 悪い事は言わねぇから、冒険者名乗ってごめんなさいって言っとけ! お前じゃスライムだって倒せやしねぇだろ?」


 ニコラルドは上機嫌で仲間の肩をバンバンと叩き、言葉を引き取る。


「あんまりいじめてやるなよ! お坊ちゃんの夢を砕くもんじゃねぇって! はーっはは! スライムに殺されて終える一生も悪くねぇよなぁ! 名家に生まれてからの、超の付く転落人生!! 何なら、このオレが新聞社に行って記事にしてもらおうか? ご実家のお歴々もさぞかしお喜びになるだろうよ!! ぎゃははは!!」


 ルークもさすがに、苛立ち始めていた。

 だが、現状の自分は何の実績もない駆け出し冒険者。

 何を言っても負け犬の遠吠えにしかならない事も熟知している。


「おい。君。ルークくん。さっきから呼んでいるのだがね。待たせてしまった事は申し訳ないと思うが、無視とはひどいじゃないか。ボクだって乙女なのだ。少しばかり傷ついたぞ」


 気付けば、自分の服の裾を引っ張るミーアが隣にいた。

 ニコラルドたちの罵声が大きすぎて、大切なパーティーの仲間の声を聞き逃していた事をルークは反省する。


 この程度の注意力が足りないようでは、【紅龍】の足手まといになってしまうと自分を戒める。


「それで、彼らは君の友人かね? 何やら、品性を疑うような内容の話をしていたが」

「ああ、いえ。たまたま声をかけられただけですよ」


「それは良かった。【紅龍】のメンバーがこのように低俗な輩と楽しく談笑されては困るからな。ルークくんには、話す相手を選ぶ義務がある事を忘れないように」

「はい。すみませんでした」


 完全に無視されているニコラルドは面白くない。

 ルークの胸倉を掴んで「なに女といちゃついてんだよ」と凄む。


 が、取り巻きはすぐに事態の重大さに気付き「おい、バカ! ヤメろ!!」とニコラルドを引っ張り、ルークに頭を下げる。


「あァ!? なにすんだ、お前ら!!」


 ミーアが「やれやれ」と首を振って、ルークに「バッジはどうしたのかね?」と尋ねた。

 ルークは「あ! すみません!!」と慌てて胸にバッジを付けた。


「……あ、ああ!? て、てめぇ、何の冗談だ!? そりゃあ、【紅龍】のエンブレムじゃねぇか!? あ、待てよ、この女も見覚えがある!!」


 慌てふためくニコラルドを見て、ミーアはルークに冒険者としての教えを授ける。


「このバッジは、ボクたちが無用のトラブルを避けるために作ったものなのだよ。……ふむ。ええと、タコバカリくんだったか? 先ほどからの無礼な態度は、【紅龍】に対してのものと受け取ってもいいのかね?」


 ニコラルドは餌を貰う時の鯉のように、口をパクパクさせるのが精いっぱいだった。


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