新しい人生
「す、すごいね! もしかして、ルークくんって《翻訳者》以外にもスキル持ってたりするんじゃない!?」
興奮するライカを、ミーアが諭す。
「それはないと思うのだよ。スキルはランクアップする事はあっても、複数のスキルを得ると言う事例は聞いたことがない。このボクが言うのだから、間違いない」
ミーアの言う通り、この世界では神から与えられるスキルは1つのみ。
《剣士》が《上級剣士》に、そしていずれは《皇帝剣士》へ。
と、上級のスキルへ進化すことはあるが、《剣士》が《魔師》のスキルを同時に保有することはない。
「じゃあさ、《翻訳者》には隠された剣技があるってことになるの?」
ライカの真っ直ぐな質問に、ミーアは首を捻る。
「ふむ。そもそも《翻訳者》が珍しいスキルだから断言はできないが……。その可能性も薄い気がするな。ライカの説だと、《翻訳者》は翻訳もできて、剣技も使えるハイブリッドなスキルと言うことになる。そんな特殊なスキルだったら、噂にくらい聞く機会もあると思うのだが、ボクは聞いたことがないのだよ」
ライカも「なるほどー」と頷いた。
「まったく。キミたちは、パーティーリーダーが吹き飛ばされたって言うのに、心配もしてくれないの? 私のパーティーは薄情者ばかりだよ」
ルルナが服に付いた埃を払いながら戻って来た。
ルークはすぐに彼女の元へと駆け寄る。
「すみません! 俺のせいで! お怪我はありませんか!?」
「ふふっ。私はこれでも《戦姫》だよ? 正直、予想よりも技の威力が強くて驚かされたのは事実だけどね。体はこの通り、無傷だから。安心して!」
4人が倉庫の中央に集まり、それぞれの見解を持ち寄った。
「ルークくんに一応聞くけど、これまであんな剣技は使えなかったよね?」
「もちろんですよ! 生まれて初めての感覚でした!」
ルルナは満足そうに「だよね」と指を鳴らす。
ミーアは自分の考えとルルナの思考を照らし合わせるために、あえて説明口調で語る。
「つまり、ルークくんの剣技は後天的に備わったものだと言えるね。そして、彼がその事実に気付いたのはつい先刻。よって、ボクは秘伝書の影響が少なからずあるのではないかとみているのだが。ルルナもそうなのではないかね?」
「うん。そうだよ。秘伝書が燃えた瞬間に、ルークくんの体へ魔力が移動する気配を一瞬だけ感じ取れたんだ。それで、もしかしてと思って」
難しい話が少し苦手なライカは2人の討論を聞いていたが、思い付いたことがあり挙手をした。
閃きはどんな小さなものでも仲間と共有する。
その姿勢は彼女の長所であった。
「あのね、わたし思ったんだけど。ミーアって鑑定魔法使えるじゃない? さっきの剣技をルークくんにもう一度使ってもらって、鑑定してみるのはどうかな?」
「ふむ。ライカは時々、実に明快な答えを出す。ボクはそんな君が好きだな。是非とも試してみよう。むしろ、試さない理由がないではないか」
ルークにとってもそれは良い提案だった。
自分の身に何が起きているのか、それを解明しなければ気持ちが悪い。
なにより、秘伝書を消失させてしまった理由を知りたかった。
そうして、ルークの剣技の考察は次の段階へと移行する。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「じゃあ、やってみます! ……あの、ルルナさん? 大丈夫ですか? その辺の樽とか目掛けて撃った方が良いんじゃ」
「むっ。私の実力がまだ信じられないのかな? 言っておくけど、確かにキミの剣技はすごかったよ? だけど、私の方がずっと強いんだからね」
少し子供っぽく頬を膨らませるルルナ。
ルークは不覚にも「可愛いなぁ」と思ってしまった。
だが、それも束の間。すぐに集中力を高める。
「ミーア! 準備できてる!? 来るよ! 来ちゃうよ!! 平気!?」
「うううむむむ。準備はできているから、揺すらないでくれるかね。『リーブラ』はボクの目を通さないと意味のない魔法なのだよ。だから、ライカ。視力の低下の要因にならないでくれると助かる」
鑑定魔法『リーブラ』は、高位の《鑑定士》や《賢者》が使う、魔法や技の名称を見極める術式。
ミーアは多くの研究を円滑にこなすために、本来は習得に向いていない《治癒士》でありながらその鑑定魔法を身に付けていた。
「では、いきます!!」
「いつでもいいよ!」
「せぇぇぇぇぇいっ! はぁぁぁぁぁっ!!!」
「おっと! うん、やっぱりすごい剣技だね!」
そう言う割には、涼しい顔でその爆炎を受け流すルルナ。
彼女の実力の高さがよく分かる。
「どうだった!? ミーア! 教えて、教えて!!」
「うむむむむ。頼むから、揺すらないでくれるかね。……こほん。ルークくんの剣技は『紅蓮斬』だな。実に希少な技で、一部の《魔法剣士》などが使う、と言うか、使っていたようだ。かなり昔の剣技で、今では使い手を探すのに骨が折れるくらいにはレアだぞ」
「ちなみに、秘伝書のタイトルは? ルークくん、表紙の解読を終えていたよね?」
「ああ、はい! 表紙にはこう書いてありました。——《炎主剣士》と」
ミーアが「そのスキルはもう途絶えてしまったものだよ」と言い、ライカは「じゃあ、やっぱり秘伝書が影響したんだ!」と興奮する。
そしてルルナが「もしかすると、ルークくんのスキル《翻訳者》に謎の答えがあるのかもね」と締めくくった。
「ミーア。ルークくんのスキルの鑑定もしてくれる?」
「ああ、なるほど。了解したよ。『リーブラ』。……うむ。予想はしていたが、実際に見ると目を疑ってしまうな。結果が全てだと分かっているのに。ルークくんは今、《翻訳者》と《炎主剣士》のスキル、両方を保持している」
信じがたい事だが、それは現実である。
ルークの身には、神から1度だけ授けられるスキルが2つ同時に存在している。
彼は既にその事実を気味悪がる事はなく、むしろまったく別の事を考えていた。
諦めていた冒険者に。手の届かなかった願望に。今ならなれるのではないか。
それはとても魅力的な果実であり、口にすれば得も言われぬ甘美な味がするだろう。
だが、ルークはその一歩を踏み出しかねていた。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「とにかく、秘伝書が消失してしまった。その上、新しい謎まで生み出してくれたルークくんには責任を取ってもらうべきだと、ボクは思うのだが」
ライカはミーアの不器用な言葉をすぐに理解する。
かなり遠回しに言っているが、つまりは仲間になってもらいたいということ。
これも一種の翻訳と言えるかもしれない。
パーティーの絆がなせる業である。
「うん! それってステキだと思う! わたしは賛成かな!」
「そうだね。私は元々、そのつもりで彼の剣技を見極めたんだよ」
「すみません。ちょっと何を言っているのか分からないのですが」
察しの悪いルークに、3人が同じタイミングで「やれやれ」と首を振る。
リーダーのルルナが、彼にバッジを手渡した。
「えっ? あの、これって……!」
それは、紅く猛る竜が刻まれたバッジ。
【紅龍】のメンバーのみが手にする事のできる、仲間の証だった。
「キミには、これから私たちのパーティーの見習い冒険者になってもらうよ!」
「うむ。秘伝書は世界中にまだまだあるからな。君の力は不可欠だ」
「だよね! 弁償の代わりに、あなたの身柄をわたしたちが引き受けちゃいます!」
「ほ、本当に、俺が【紅龍】に? ……憂さ晴らしの嘘とかでなく? 急に舌出して笑い始めたりしません?」
「ルークくん、意外と疑り深いね。私たちはそんな陰湿なことしないよ!」
こうして、ルーク・ファシードは冒険者となる。
ずいぶんと回り道をしたが、助走が長ければ遠くまで飛べるとも言う。
ルークの人生は、この出会いをきっかけに大きく変わっていくのだった。




