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紅龍と秘伝書


 帝国内で知らない冒険者はいないパーティー【紅龍】。

 その名は国外にも轟いており、3人の少女がいずれも実力に優れ、美しい容姿をしていることから、その人気は冒険者に留まらない。


 そんな【紅龍】が帝国領の僻地であるタベルトンにやって来て、その理由がルーク古書店を訪ねる事だったと言う。

 当然のことながら、ルークは困惑する。


「あの、自分で言うのもアレなのですが、きっと帝国には俺よりも優れた鑑定士がいると思います。俺、古書店をはじめてからまだ半年しか経っていませんし」


 ルークは正直に答える。

 「自分ではあなた方の期待には応えられないと思います」と。


 別に自分を過小評価している訳ではない。

 客観的事実として、スキルを得てからのキャリアを考えればまだ力不足だと判断したのだ。

 彼はお客を選んで商売をしているつもりもないが、相手がかの有名な【紅龍】であれば、万が一の事があってはならない。


 だが、ルルナにはその態度が気に入らなかった。


「私たちが君を選んだんだよ。自分で自分の能力の上限を決めつけたり、卑屈な態度を取るのは感心しないな。事実、私も何人かの冒険者から腕利きの翻訳者がいて、仕事は丁寧でしかも早いと聞いて訪ねて来たんだ」


「うっ。これは確かに、あなたの言う通りです。すみません」


 ルークは恐縮した。

 同時に、少し嬉しかった。

 【紅龍】のリーダーである、ルルナ・グランヴィルが自分を認めてくれている。


 家を勘当されてから失っていた自信が、少しだけ戻って来た気がしていた。


「おや。君、右腕の切り傷はどうしたのかね? 見たところ、新しいようだが」

「ああ、これですか? 今朝、本を運んでいたら柱の釘に引っかけてしまって」


 ミーアはトコトコと近づいて来て、ルークの腕に手を当てた。

 彼は慌てる。


「ダメですよ! お手が汚れます!!」

「いいからじっとしていたまえよ。『キュアリー』。ふむ、これで大丈夫」


 ルークの腕の切り傷が痕も残さずに治ってしまった。

 驚く彼に、ライカが説明してくれる。


「ミーアは凄腕の《治癒士》なんだよ! すごいよね! わたしもよく怪我を直してもらっているの!」

「ふむ。凄腕ではない。ただの《治癒士》だよ。大魔導士のライカくん」


「ヤメてよー。わたしだって、ただの《魔導士》だよ! ルークくんに変な情報を与えないで!!」

「では、ボクは大事な立ち読みの作業に戻るので、用があったら呼んでくれたまえ。むむ。ちょうどいい感じの椅子も見つけたから、座り読みにレベルアップだ」


 《治癒士》も《魔導士》も滅多にお目に掛かれない上級スキル。

 ルークは「本当にすごい人たちなんだなぁ」と驚くばかり。


「ん? どうしたのかな?」

「あ、いえ。すみません。レフィーリアさんとカートレットさんがすごいスキルだったので、リーダーのあなたもきっとすごいんだろうなって」


 ルルナが答える前に、彼女の後ろから抗議が2つ飛んできた。


「君、カートレットはヤメてくれ。個人を識別する単語は短いものに限ると言ったはずだ」

「わたしも、なんか距離がある感じがしてヤだなー。名前で呼んでよ!」


 一般市民のルークにとって、ミーアとライカの申し出はSランクミッションであった。


「ふふっ。2人はキミの事が気に入ったみたいだね。私は《戦姫》だよ。とは言え、スキルが実力の証明ではないからね。特に気にしなくていい」


 無茶なオファーであった。

 《戦姫》と言えば、ルークの兄ジュリアスの《皇帝剣士》よりも更に上級スキル。

 目の前に神に選ばれた者がいて、それを気にするなとは神への冒涜ではないか。


 ルークは自分のできるオファーを聞くことで精神の安定を図る。


「ご用件をお聞きしても?」

「そうだった。実は、少し前に【秘伝書】を手に入れてね。古代のものらしくて、何人か鑑定士に依頼したのだけど、誰も解読できなかったんだ」


「なるほど。俺がお力になれるかは分かりませんが、拝見してもいいですか?」

「もちろんだよ。それから、代金は前金で帝国銀貨50枚。成功報酬に帝国金貨1枚でいいかな」


 椅子から転げ落ちそうになるルーク。

 どうにか紳士らしく踏ん張った。

 これまで欠かさなかった体を鍛えてきた日々が、ここぞとばかりに仕事をする。


「ちょ、ちょっと待ってください! そんな大金、もらえませんよ!?」


 帝国金貨は帝国銀貨100枚と同価値。

 タベルトンの商人の平均月収が帝国銀貨20枚である事を考えると、目もくらむ大金である。


「いいや、そんなことはないよ。私たちにとってその秘伝書の解読は重要なんだ。古のスキルが習得できるかもしれないからね」


 立ち読みから座り読みに移行していたミーアが、器用に椅子ごと移動して来て付け加える。


「ボクは秘伝書の内容を是非読みたいと思っているのだよ。これほど研究してみたい題材はなかなかない。君も《翻訳者》ならば分かるだろう?」

「それは……。はい。確かに、興味はあります」


 それから、代金の押し問答を2回ほど試みたルークだったが、返り討ちに遭う。

 いつの間にか前金が帝国銀貨70枚。

 成功報酬が帝国金貨2枚になっていた。


 これ以上のやり取りをしていると前金だけで金貨になってしまいそうで、怖くなったルークは渋々だが了承した。

 そうして、解読作業に入る。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 秘伝書はこれまで扱って来た古書のどれよりも古く、有体な表現をするとボロボロであった。

 そのため、ルークは慎重を期して作業に臨む。


 万が一破損などしようものなら、とんでもない損失である。

 秘伝書は世界に何冊も存在しているが、1冊として同じ内容のものはない。


「うん。やっぱりこれまでの鑑定士とは手さばきが違うね」

「そうだね! ルークくんの真剣な視線、カッコいいよー!」

「ふむ。プロフェッショナルの顔だな。悪くない」


 ルークは既に大きなミスを犯していた。

 いつもの調子で店のカウンターに座って作業を始めたところ、【紅龍】の乙女たちの視線のレーザービームで焼き尽くされそうになっている。



 「やりづらいったらないな!!」とルークは額から汗を流しながら思っていた。



 だが、「邪魔なのであっち行ってください」とも言えない。

 相手は超の付く冒険者たち。さらに超と絶の付く美少女揃い。

 かつて冒険者を志した者として、そして1人の男子として、それを言うのは完全なる敗北を認めるのと同義であり、ルークも負けたくないと反骨精神で対抗する。


 やっとのことで表紙の解読が終わり、1枚目のページを開くルーク。

 次の瞬間だった。


 凄まじい光が秘伝書から放たれ、【紅龍】の3人は驚いた。

 だが、もっと驚いたのはルークである。


 秘伝書を開いてすぐ、彼の体には雷に打たれたような衝撃が走った。

 もしかすると秘伝書が光った事と関係あるのかもしれないが、そんな考察をする余裕も与えられずに、事態は次のフェーズへと進む。



 世界の1つだけの秘伝書が、突然燃えてなくなったのだ。



 これには4人とも唖然とした。

 ルークは何が起きたのか理解できていなかったが、1つだけ分かる事があった。



 ああ、これは店を潰しても弁償できないな。人生が終わった。



 彼は頭の回転が速い。

 その優秀な頭脳が、悲しい未来を算出していた。



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