予想外の来客
ファシード家のあるルドウィック地方からずっと西に向かうと、帝国領の端にタベルトンという街がある。
隣国に面しているため物流が盛んに行われており、貿易の拠点としてそれなりに栄えていた。
だが、少し路地に入ると一気に寂びれた街並みに変わり、人気も減る。
そんなタベルトンの隅にとある古書店があった。
実家を追われたルーク・ファシード。
彼がたどり着いた先であり、今は彼の店であり彼の全てでもあった。
ジュリアスに路銀として渡された資金を元手に《翻訳者》のスキルを活かして店を始めようと考えたところまでは良かった。
だが、世は冒険者がしのぎを削る時代。
古書や外国の書物を読みたいと思う者が多数派を占めるはずがない。
「ルークや。頼んどった古書の翻訳は済んでおるかの?」
「タルキンさん。いらっしゃいませ。もちろんです」
ルークの生活は楽なものではなかった。
この地で『ルーク古書店』を始めたのは良いが、お客は近所に住むもの好きなお年寄りくらいのもの。
あとは冒険者が持ち込んで来る古文書の鑑定で、どうにかその日暮らしができる程度の収入を得ていた。
タルキンは常連客の老人であり、昔は冒険者として勇名を馳せていたのだとか。
今では引退して、趣味に生きる第二の人生を謳歌している。
「おお、おお! こりゃあすごい! コルテニオ王朝の歴史書が読めるとはのぉ! 相変わらず、素晴らしい仕事じゃ!」
「恐れ入ります。俺には翻訳することくらいしか能がないので。ははは」
「何を言っとるか! お主にかかれば、どんな本もたちどころに読めるようになる! ワシのように本を友にする者にとって、ルークは神様じゃよ」
「そう言ってもらえると、いくらか救われます」
タルキンは「かっかっか」と豪快に笑い、翻訳の代金を取り出した。
テーブルの上に置かれる、帝国銀貨3枚。
「タルキンさん、これは多すぎますよ!」
タベルトンの商人の平均月収が帝国銀貨20枚ほど。
それに比べれば微々たるものだが、仕事の内容に対しては過分だった。
「いやいや、これは日頃から世話になっとる分のオマケじゃよ。ルーク古書店に潰れられては困るからのぉ! かっかっか! また来るぞい!」
「あ、ありがとうございます! またのお越しをお待ちしております!」
前述の通り、ルークの生活は苦しい。
だが、それなりに充実していた。
◆◇◆◇◆◇◆◇
その日は珍しくお客が立て続けにやって来た。
隣で酒屋を営んでいるニコラルドが「貴重なレシピを手に入れたんだ!」と早朝の開店前に押しかけて来たのを皮切りに、冒険者が2組ほど古書の鑑定依頼に訪れる。
ルークとしても、店が賑わうのは喜ばしい事。
せっせと《翻訳者》のスキルを駆使して接客をこなしていた。
そして、彼女たちがルーク古書店にやって来たのだ。
「へえ。店構えはちょっと不安だったけど、中は清潔なんだね」
「ちょっと、ルルナ! 失礼でしょ! 店主さんに聞こえちゃうよ!」
「ふむ。……おお! これはポラリスの見聞録! こっちは古いモンスター図鑑! なんと興味をそそられる品揃えだ。決めた、ボクはここに住むとしよう」
「何言ってるの、ミーア! そんなところに座り込んだら迷惑だよ!」
ルークは「冒険者に見えるけど、若いな。俺と同い年くらいだ」と来店した3人娘を見たが、年頃の女子をジロジロと見るのはマナー違反だと心得ている。
すぐに取り掛かっている古書鑑定の仕上げ作業に戻った。
「ライカ。少し相談なのだが、いいかね?」
「うん、どうしたの? わたしで役に立てるといいんだけど」
「ここからここまでの本、全て買う訳にはいかないだろうか」
「いかないよ!? お金は結構あるけど、そんな量の本をどうやって運ぶの!?」
「そこは、ほら。君の大魔術でどうにかしてくれたまえよ」
「そんな便利な魔法はありません! ルルナも何か言ってよー。あれ? ルルナ?」
ルルナと呼ばれた青髪の少女は、いつの間にかルークの前に立っていた。
作業に集中していてしばらく気付かなかった彼だが、花のいい香りがして顔をあげたところ、ルルナと目が合う。
「おわっ! ええと、すみません。お待たせしていますよね。もうすぐ終わりますから」
「ああ、違うんだ。キミの手際が余りにも見事だから、つい見惚れてしまっていた」
凛とした美少女に「見惚れた」と言われて喜ばない男はいない。
ルークも素直に嬉しかった。
だが、その一方で「同世代の女の子が冒険者をしているのに、俺は……」と少しばかり卑屈になる。
ファシード家から勘当された一件。
それはルークの前向きだった思考を奪い去るには充分過ぎる出来事だったのだ。
「お待たせしました。お客様、鑑定が終わりましたよ。あれ? お客様ー?」
「ああ、私たちの前にいた彼なら、順番を譲ると言って、ほら。あっちの隅っこに」
ルルナの視線の先には、何やら幸せそうな表情のお客様。
当人同士で話が付いているならばと、ルークはルルナに要件を聞くことにした。
すると、彼女は2人のパーティーメンバーを呼び寄せた。
どうやら自己紹介をするらしい。
「こんな僻地の店主相手に、律義な人たちだなぁ」とルークはぼんやり考える。
「私はルルナ・グランヴィル。見てわかると思うけど、冒険者だよ」
彼女の腰には、誰が見ても名のあるものだと分かる立派な剣があった。
かつてルークが目指した、理想の冒険者がそこにはいた。
「わたしはライカ・レフィーリア! ライカでいいよ! さっきから恐縮してくれてるけど、気軽に接してくれると嬉しいな!」
ルルナが凛としている分、ライカの朗らかさが強調される。
オレンジ色の髪はずっと見ていられるくらいに美しい。
誰にでも分け隔てなく接する彼女の態度も、ルークにとっては眩しかった。
「……ん? ああ、ボクも名乗るのか。ミーア・カートレットだよ。ミーアで構わない。個人を識別するのに長ったらしいフルネームを呼ぶ必要もなかろう」
前述の2人に比べて少し小柄なミーアは、独特の調子で名乗った。
そして名乗り終えると抱えて来た古書の立ち読みに戻る。
自由気ままな性格は、なるほど冒険者に向いているのだろう。
「これはご丁寧に。俺はルーク・ファシードと言います。ご覧の通り、しがない古書店をやっています。それで、ご用向きはどういったものでしょうか?」
ルークは冒険者への未練をタベルトンにやって来た時に断ち切っていた。
いかに目の前の少女たちがかつて自分の渇望していた若き冒険者でも、今さら何も感じる事はない。
——そう思っていたのだが。
「おい、押すなよ!」
「バカ、押すよ! 人混みを押しのけるのは今だろ!」
「お前らどこから来やがった!? こっちはこの店の客だぞ!」
店の外が騒がしい。
かつてない賑わいで、「古書のブームが来たか?」とルークは一瞬考えたが、やじ馬の視線が全てルルナとライカ、そしてミーアに注がれている事に気付く。
その理由は、ルルナが教えてくれた。
「私たちは【紅龍】と言うパーティーなんだ。実は、腕の良い翻訳者がいると聞いてね。訪ねて来たんだよ」
「……はあ。えっ、【紅龍】ですか!? それって、あの【紅龍】ですか!?」
ルークが取り乱すのも仕方のない事だった。
【紅龍】と言えば、帝国中にその名を轟かせる、Sランクパーティーの名前だったからである。




