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ファシード家からの追放


「君のスキルは《翻訳者》だ」

「はっ!? あの、すみません。ちょっと、聞き取れなかったと言うか。ええと、もう1度言ってもらえますか?」


「よろしい。ルーク・ファシード。君のスキルは《翻訳者》だ」

「ほ、ほんやく? あの、それはどういう?」


「読んで字のごとく、翻訳する者という意味だ」

「な、なるほど。では、それは冒険者として生きていく上でどのように役立ちますか?」


「役には立たんだろうな。冒険者とは縁がなかったと諦めなさい」


「ま、待ってください! 《翻訳者》について、詳しく教えてください!」

「詳しくと言うが、たった今申した通り、読んで字のごとくのスキルだ」


 ルークはなおも食い下がる。

 名前だけ聞いて落胆するには早いと自分を奮い立たせた。

 もしかすると、あっと驚くような隠された力があるかもしれないとも思った。


「お願いします! 珍しいスキルであるならば、なおのこと詳しい説明を聞かなければ! 俺は家に帰ってどう説明すればいいんですか!?」

「ふむ。確かに、ルーク・ファシード。君の言う事も道理だ。よろしい。私が知り得る情報を与えよう」


 そう言うと、神官は《翻訳者》について丁寧に解説してくれた。


「つまり、文章を翻訳するのがこのスキルの醍醐味であり、言い換えると全てである。外国の本などを君は読めるかね? 読めるかもしれない。だが、国内では読めない者の方が多い。そんな時に、《翻訳者》の出番がやって来る。君はどんな書物、文献もたちどころに読み解く事ができる。私は読書が好きでね。特に、国外の冒険譚などは素晴らしい。そんな物語を《翻訳者》は読む事ができる。なんとうらやましい」



「で、では! このスキルは神官様に差し上げます!」

「え、いや。いらんよ、私は。そんな不遇スキル」



 神官の本音が飛び出した。

 彼は「ああ、いや、失敬」と咳払いをして締めくくる。


「1度与えられたスキルは、その者固有のものであり、他人と交換などできない決まりだ。先ほどから君は冒険者、冒険者と言うが、この際だから断言しておこう。《翻訳者》では冒険者にはなれない。私が太鼓判を押しても良い。これは絶対だ」


 ルークは「そう……ですか……」と返事を振り絞り、教会を後にした。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 何度思い出しても、湧き出て来るのは悲しい現実。

 どう足掻いても覆せないそれとの格闘を諦めて、ルークは家に帰る事にした。


「お帰りなさいませ、ルーク様!」

「ああ、ただいま。お疲れ様」


 笑顔で頭を下げるファシード邸の門番に挨拶をして、屋敷に戻って来たルークを家族が待ち構えていた。


「帰ったか! ルーク!! して、どうだった!?」


 ルークの父。現ファシード家当主、ダドリック。

 戦場流れを見極める《心眼者》のスキルで、数多くの兵を指揮してきた歴戦の雄。


「あなた、聞くまでもないわよ! ルークには私たちの血が流れているのよ!!」


 ルークの母。アンネロッテ。

 《錬金術師》のスキルはこれまで数多くの国益に寄与している。


「いや、その。なんと申しますか。言いにくい事なのですが……」


「ぐはは! さては、この父を超えるスキルを与えられたな? 遠慮をするな! 言ってみろ!! お前には期待していたんだ!」

「そうよ! 兄たちよりもルークには才能があると、私たちはずっと思っていたの!!」


 ルークの両親は、彼をとても可愛がっていた。

 3人の兄たちよりもずっと。


「おーおー。自慢の末弟が戻って来たぜ、兄上!」

「そのようだな、ジェフリー。我らよりも優れたスキルをお持ち帰りのようだ!」


 その愛情は、ルークと兄たちとの仲に軋轢を生んでいた。


 ファシード家三男。ジェフリー。

 《雷魔師》のスキルを得て、現在は国の魔法兵団に属している。


 ファシード家次男。サイラルド。

 《氷魔師》のスキルを得て、ジェフリーと同じく魔法兵団に属し、順調に出世している。


「あ、ええと。……《翻訳者》のスキルを与えられました」


 それまでニコニコしていたルークの両親の表情が凍りつき、2人の兄はいやらしく顔を歪めた。


「聞いたかよ、兄上! 《翻訳者》とか言ってるぜ!? なんだよ、それ!!」

「ぷっ、ふはは! ジェフリーはものを知らないな! 《翻訳者》ってのはアレだ! 書物を相棒に生涯を過ごす、くははっ! 日陰者の事だ!!」


 2人の兄はルークを分かりやすく馬鹿にした。

 太鼓を叩く猿の人形を見て喜ぶ幼子のように、両手を叩いて爆笑する。


「ルーク。悪い冗談はよせ。お前、ファシード家の人間なんだぞ? 代々、優れたスキルに恵まれる我が一族が、ほ、《翻訳者》だと!?」

「ああ! あんまりだわ、神様! どうして私の可愛いルークが!! ……こんな役立たずに!! あんなに愛情を注いだのは、こんなクズに育てるためではないのに!!」


 両親の反応は、ルークにとってさらに辛辣なものだった。

 まだ指をさして笑ってくれた方が彼にとっては楽だった。


 彼らは、これまでのルークの人生そのものを否定する。

 両親を敬愛していたルークにとって、それは耐え難い事実だった。


「いや、父上! 母上! 兄上たちも! 聞いてくれ! 俺、このスキルで頑張って冒険者としてやっていくから!! スキルが全てじゃないだろ!?」


 ルークはそれでも、家族の情を信じて声を荒げる。

 これまでの努力だって知っているはずだ。

 それならば、これからの努力だって見ていてくれるはずだ。


 そう信じて。そう信じたくて。彼は喉を枯らす。


「はははははっ! 冗談キツイぜ! お前、こんなに人を笑わせる才能があったんだな!!」

「ぷははっ! よせよせ、ジェフリー! ファシード家の男子にあるまじき顔になっているぞ!! ぷっ、くくっ、ははは!」


 兄たちに慈悲はなかった。


「もう、お前の顔など見たくもない」

「そうね。価値のないものに用はないわ」


 両親には心もなかった。


「何事ですか。父上、母上。ずいぶんと騒がしいですな」

「おお、ジュリアス!」

「ごめんなさいね! 座学の邪魔をしてしまったわよね!」


 ファシード家の長男。ジュリアス。

 《皇帝剣士》のスキルを付与され、やがては兵を率いて国を護る事が決まっている、ファシード家次期当主。

 彼はルークの憧れでもあった。


「ああ、良いところに! 聞いてくれよ! これが面白いったらねぇんだ!」

「くっくく……。我らが愚弟が、とんでもないスキルを引き当てましてな!」


「ふん。話は聞こえていた。お前たち、笑い過ぎだ。屋敷中に響いているぞ」


 ルークは尊敬し、憧れ、「こんな人になりたい」と渇望したジュリアスに訴える。

 この人ならば分かってくれると最後の希望を持って。


「ジュリアス兄さま! 俺、頑張ります!! これまで以上に頑張りますから!! だから、その! 何て言ったらいいか!!」

「ルーク。分かっている。それ以上はいい」


「兄さま……!!」


 ジュリアスはひとつ頷いて、言い放つ。



「それ以上口を開くなと言ったのだ。お前のような出来損ないはファシード家の恥。路銀は用意してやる。それを持って、雑魚は今すぐこの家を去れ。そして、我らの目の届かぬ場所にて、静かに余生を送ると良い。2度と顔を見せるな!!」



 顔をしかめる両親。

 未だに馬鹿笑いを続けている兄たち。

 誰よりも尊敬していた長兄にはゴミを見るような視線を向けられている。


 そこからは実に早かった。

 金を渡されたかと思ったら、次の瞬間には門番に家から引きずり出され、乱暴に放り投げられる。


 こうしてルークは、スキルを得た代わりに住む家と家族を失う事となったのだ。

 いつの間にか、外は雨が降り出していた。


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